第62話 不気味な笑い(?)と裏取引
「えへへ……うえへへへ」
「どうしたの鈴音、そんな気持ち悪い笑い方して」
朝のホームルーム前、いつもの自由時間にて。会って早々、蘭花にバッサリとそう言われた。
いつもなら抗議の一つでもするところだけど、今日は全くそんな気になれない。
笑みを深めた私を見て、蘭花が何やら未知の危険に遭遇した探検家のように体を強張らせる。
「蘭花~! 好きー! 大好きー!」
「のわぁ!? 何、今日は本当にどうしたの鈴音!? 何か悪いものでも食べたの!?」
思い切り飛びかかるようにして抱き着くと、蘭花にしては珍しく狼狽した声を上げた。
助けを求めるように周囲へと視線を飛ばしてるけど、未知の状況なのは周りにいるクラスメイト達にとっても同じこと。
誰もが呆然とする中、私はそれでも構わず蘭花を強く抱き締める。
「えへへ、えへへへ……! 雫が、雫がね? 私に焼きもちなんか焼いちゃってね? 死ぬほど可愛くて……」
「あー! 大体分かった、何があったか大体分かったから一旦落ち着けぇ!」
「あいたぁ!?」
ぱしぃん! と小気味良い音を立てて私の頭がひっぱたかれ、痛みに呻く。
私の腕から解放された蘭花は、やれやれと溜息を溢しながらも、どこか興味津々な様子で隣の席に腰を下ろした。
「それで? 改めて聞くけど何があったの?」
「うん、それがねー……!」
少しだけ落ち着いた私は、昨日の夜あったことを蘭花へと報告する。
出来るだけ落ち着いて話そうとはしたけど、結局は興奮しまくりでいまいち要領を得ない私の話を、蘭花はめんどくさがらずに最後まで聞いてくれた。
さっきは勢いで言ったけど、こういうところは本当に好きだよ。
「はー、なるほどねー、よしんば雫ちゃんが少し素直になればと思って色々やったけど、まさかそこまで行くとは……これは、ボコミの洗脳は不要だったかな……?」
「へ? ボコミがどうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。……ベルはスキンシップに飢えてるから、いっそ抱き着くくらいの勢いで絡み付けばたくさん虐めて貰えるよ、なんて吹き込んでないから」
「いや何してくれてんの!?」
あのド変態にそんなこと言ったら、これまで以上の勢いで這い寄って来そうなんだけど!?
そんな私の懸念に対し、「まあ大丈夫でしょ、多分」となんとも軽い調子の蘭花。
うん、全く安心出来ないね。
「まあ、それは……良くないけど、ひとまずいいや。それより、私も散々説教されたわけだけど、蘭花は雫に何も言われなかったの?」
私とココアのあれこれは、確かに私も調子に乗っていたところはあるけど、目の前にいる親友はそれ以上だ。
元々、二人の間で何かしらの取り決めを踏まえた上で入れ替わりなんてことをしたはずで、それなら私だけじゃなく、蘭花にも文句を言っているはず。
そう想って尋ねたんだけど、案の定というか、どこか遠くを見詰めるようにその瞳から光が失われた。
「うん、確かに昨夜、雫ちゃんから電話があったよ。まあ色々とね? うん、ヤバイことになりそうだったけど、どうにか裏取引十枚で勘弁して貰えたよ……」
「十枚? 何が?」
「いやー、こっちの話だから心配しなくていいよ。うん、鈴音は普段通りいてくれれば」
そう言って、なぜかスマホのカメラを起動して私を撮影する蘭花。
別にいいけど、なんで今写真?? 前々から何かにつけて私のこと撮ってるけど、何をそんなに撮ることがあるんだろう?
まあ、理由を聞いても毎度はぐらかされちゃうんだけどね。むう。
「まぁともあれ、ちゃんと進展したなら、私も協力した甲斐があるってものだよ」
「あはは、いつもありがとうね、蘭花」
「いいってことよ。この分はゲームの中で返してね。新エリアでの活躍期待してるよ、色んな意味で」
「うん、任せて!」
蘭花からの期待の言葉に、私は胸をドンと叩いて答える。
最近は雫との距離もどんどん縮まってるし、このまま新エリア攻略で一気にゼロにする!
そして! 夢の姉妹ラブラブ生活を手に入れるのだ!!
「こら、鈴宮さんも夏目さんも、朝から騒がしいですよ!」
「げえっ、また来た!」
そんな話をしていると、いつものように成瀬さんが注意をしにやって来た。
露骨に嫌そうな顔をする蘭花を前に、成瀬さんはより一層その眉を吊り上げる。
「あのですね、そんな顔をするくらいなら、普段からもっと静かにしなさい! 周りの迷惑も考えてですね……」
「それを言うなら、委員長こそうるさいと思いまーす」
「うぐっ、そ、そうかしら?」
「そうそう、いつも声が大きくて鼓膜が破れそうだって鈴音が」
「鈴音さん!? そうだったんですか!?」
「えぇ!? 流石にそこまでは思ってないよ!?」
「そこまでということは、少しは思ってると!?」
「えーっと……ほ、ほら、究極的には、最初に騒いだ私達が悪いわけだし……ね?」
「その必死のフォローが一番辛いですっ……!!」
ガックリと膝を突いてうちひしがれる成瀬さんの姿を見て、クラスの雰囲気がどこか温かく見守るような柔らかい物へと変わっていく。
成瀬さん、前は結構近付きがたい硬派な印象だったけど、最近は随分親しみやすくなったからなぁ。
うーん、それにしても……
「あ、あの、鈴宮さん? 顔がその、近くないですか?」
ふと気になって成瀬さんの顔を覗き込んでいると、彼女にしては珍しく戸惑ったような声でそう呟き、頬が赤く染まっていく。
んー……
「いや、最近成瀬さんと会うといつも思うんだけど、私達、学校以外でどこか会ってたりする?」
「へ? いえ、あまり覚えはありませんけど……どうして突然?」
「いやー、なんかこう、今の光景に既視感というか、デジャヴ? みたいなのを感じて」
うーん、いまいち言葉に出来ないもどかしさが。
なんだろう、よく見る光景なのに少しだけ違うというかなんというか……
「似たようなことなら毎日のようにしていますし、夢で見たのではないですか?」
「うーん、そうなのかな?」
まあ、実際いつも顔を合わせてるわけだし、そういうのを感じてもおかしくないか。
そう考えて思考を打ち切ると、ちょうどホームルーム開始のチャイムが鳴った。
「おーい、お前ら全員揃ってるかー? そこの仲良しトリオー、早く席着けー」
「ちょっ、先生、私をこの二人とセット扱いしないでください! って、ああ、あなた達と喋っていたせいで鞄の片付けがまだ終わってなかった!?」
「いや、お前もう完全にそこのアホ二人と同類だろ。まあ、別に悪い意味じゃないから気にするな」
「なぁ……!?」
チャイムと同時に入ってきた先生に断言され、顔を真っ赤にする成瀬さん。
そんな姿に、クラス中で笑い声が沸き起こり、今日もまた賑やかな一日が幕を開ける。
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