第61話 雫の詰問と逆転攻勢
「お姉ちゃん、正座」
「あ、はい」
ココア(中身エレイン)と一緒に荒野エリアで素材集めに勤しんだ日の夜。
ログアウトした私は、ベッドの前で仁王立ちしながら待ち構えていた雫に、開口一番そう言われた。
うん、精一杯威厳を出そうとしてるけど、正直可愛い。床じゃなくてベッドの上で正座というさりげない優しさポイントが尊い。
もう抱き締めていい? あ、ダメですかはい。
「お姉ちゃん、なぜ正座させられているのかは分かってるよね?」
「えーっと……午後の配信ではっちゃけまくった件でございましょうか」
私が素直にそう問いかけると、雫は鷹揚に頷いてみせた。
ねえ雫? それもしかして最後まで続けるの? 何の真似なのか分からないけど、私の理性は既に結構限界だよ? このままシリアス(?)な空気感維持しなきゃダメなの? ひょっとして新手の拷問か何か?
「ココアと随分楽しそうだったよね」
すっと胸元から取り出したスマホを、私の前にポンと置く。
……ねえ、それどうやって保持してたの? その服、襟の内側にポケットなんてないよね? 雫の胸じゃ挟んでおくなんて無理だs……あ、殺気。黙ろう。
「こんなことまでしちゃって」
指差された画面に映っているのは、多分配信動画から切り抜きした画像。
配信の最後の最後、ココアの方から急にほっぺにキスしてきたシーンだ。
「あのー、雫様? これは別に私からしたわけではなくてですね?」
私としても、まさかここまでしてくるとは思わなかったよ。お陰で今でもコメント欄は大盛り上がりだ。
いいんだか悪いんだか……
「そう、ならこれは?」
しかし、雫の追及はそこで終わりではないようで、細い指のスライドに合わせて絵が切り替わる。
続けて現れたのは、私がココアを膝枕してるシーン。
苛立たしげな雫の視線から、私はそっと目を逸らした。
「言い訳は?」
「いやその、ココアちゃんから、頑張ったらご褒美が欲しいと言われましてね? その結果と言いますか……」
私が風魔法を連打したがってるという思いを汲み取って、ココアが麻痺効果のあるポーションを使ってモンスターの動きを封じ込めてくれたのだ。
それまでみたいに、一発殴って押さえつけてからやるとどうしてもそのまま即死させちゃうことがあって効率悪かったし、大分助かったということで……ご褒美は何がいいかと問うたところ、こうなった。
うん、決して私がそうしたかったわけじゃないから、無罪を主張する!
「その割には随分と嬉しそうだよね?」
「あー、それはその、あー……」
……い、言えない。これ、次は雫が入った状態で同じことやれるのかな? なんて妄想してにやけてたなんて、言えるわけない。
でも雫からすれば、いつも愛してる愛してる言ってる私が、他の子にも同じようにいちゃついてるように見えるわけで。まあ、面白くはないよね。
「お姉ちゃんは……可愛ければ誰でもいいの?」
ジトリとした視線の奥に浮かぶ、どこか悲しげな色。
そんな目で見つめられ、私はブンブンと頭を全力で横に振った。
「そんなことないよ!! 私は雫が世界一だから!! 今も、昔も、これからも!!」
「じゃあ、なんでココアにこんなこと」
じいいいっと見つめて来る雫を前に、私はどう答えたものか迷う。
正直に言うべきかな? うーん、でも、あー、それなら、えーっと……!
「し……雫に直接そういうことしたら、怒るから……ココアちゃんとそういうことしたら、焼きもちとか、焼いてくれるかなぁ……なんて……」
咄嗟にひねり出したのは、そんな言い訳。
うん、私が“ココア”の正体に気付いてると勘付かせないためとはいえ、もう少しマシな言い訳はなかったものか……
「んなっ、なっ、なぁ……!」
そう思っていたら、なぜか雫は顔を真っ赤にして狼狽し始めた。
どうしたのかと思っていると、雫は必死の形相で叫び出す。
「わ、私はべつにっ、やきもちなんて焼いてないっ!! ただっ、その、これは……お姉ちゃんが、ココアばっかり、構ってるのが、気に入らなかっただけで……!!」
……それを焼きもちと言うのでは?
なにこれ、うちの妹が可愛すぎるんですけど。何この感じ、やばい、ぞくぞく来る。
「……じゃあ、これからはココアちゃんに近付かない方がいい?」
ポロリと口から洩れるのは、我ながら何とも意地悪な質問。
もし蘭花の言っていた通り、雫が“ココア”でないと素直に"ベル"にベタベタ出来ないというのなら、私とココアちゃんの間に壁が出来るのは避けたいはず。それを分かっていて、つい聞いてしまう。
案の定、雫はそれを聞いた途端、また視線を彷徨わせた。
「あ、いや、その……べ、別にそこまでは言ってない。ちゃ、ちゃんと節度ある付き合いを、してくれれば……」
「じゃあ、今後はココアちゃんから頼まれても、膝枕とか、なでなでとかはしないようにするね!」
「い、いや! それも、だから……! え、ええと、わ、私がいいって言った日になら、してもいいから!」
「え、なんで?」
「なんでって、だからその……!!」
雫が困るのが分かっていて、意地悪な質問が止められない。
うん、なんかもう、蘭花がいつもやたらと悪戯したがる気持ちが分かっちゃうよ。これ癖になりそう。
「う、うぅ……!!」
でも、何事もやりすぎはよくないよね。
そろそろ雫がいっぱいいっぱいでパンクしそうになってるし、助け船を出してあげないと。
そう思って、「分かった」と口にしようとした瞬間……
「お、お姉ちゃんの一番は私だから!! だから、ココアにして欲しいって言われたことは、まず妹の私にしてからじゃないとダメなの!!」
雫の口から、そんな言葉が飛び出した。
あまりにも予想外の発言にびっくりして固まっていると、ハッとなった雫が慌てて言い繕う。
「いやその、これは……! あくまで、お姉ちゃんがココアに変なことしないか監視するためであって、別に変な意味じゃないから、分かってる!?」
「う、うん、分かってる分かってる」
えっと、つまり、あれかな?
私は、リアルとバーチャルで、雫相手に二度も今日ココアにしたようなことを堪能できるってこと?
なにそれ天国。私、もしかしたら幸せ過ぎて明日死ぬんじゃないだろうか?
「じゃあ……とりあえず、今日私がココアにしたこと、全部やる?」
「えっ」
試しに足を崩してベッドに座り直し、ポンポンと膝を叩いてみる。
それを見て、雫はしばらく逡巡し……結局、顔を赤くしながらポスっと私の隣に座った。
「……ちょっとだけ、だからね」
「うん」
ゆっくりと、雫の頭が私の膝に乗せられる。
VRのそれとは全然違う、リアルな体温と重さ。
そっと頭に掌を乗せ、さらりさらりと髪を梳く。
滑らかな手触り、くすぐったいのか小さく身動ぎする姿は小動物みたいで、いつまで見ていても飽きない。
恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながらジトリと睨む雫の瞳が私を射抜き、そのいじらしさが私の心を多幸感で包み込んでいく。
「……は、はい、もう終わり!」
どれくらいの時間、そうしていただろうか。
幸せな時間は一瞬で過ぎ去り、雫が勢いよく頭を持ち上げる。
名残惜しさのあまり「あぁ」と声を出すも、雫はぷいと顔を背けた。
「それじゃあ、次からは……ココアに何か言われたら、ちゃんと報告してね。……そ、それからっ」
勢いよくベッドから飛び降りた雫が、くるりと振り返る。
そのまま、瞬きほどの一瞬でその愛らしい顔が目の前に迫り――
――ちゅっ
柔らかな感触が、私の頬に触れた。
「……こ、これは、別に変な意味じゃなくて、ココアのを真似ただけだから……その、勘違いしないでよね!!」
そんな言葉を置き土産に、雫は逃げるように部屋を後にする。
残された私は、いつまでも消えない頬の熱を掌で押さえたまま、ずっとそこで座り込んでいた。
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