第60話 悪巧みと既成事実

「ね、ねえ、本当にやるの? 後で怒られない?」


「大丈夫大丈夫、文句は言われるかもしれないけど、雫ちゃんだって内心で小躍りするはずだから!」


 不安に駆られる私に対し、ココアちゃんのアバターに入った親友はどこまでも楽観的に背中を叩いて来る。

 この親友が悪だくみをするのは今に始まったことじゃないけど、まさか私が実行役に回ることになるとは……


「ささっ、告知はしたんでしょ? 早速配信始めて行こう!」


「うん、分かった」


 とはいえ、上手くいったら私にとってハッピーなのは間違いない。雫=ココアちゃんにそれと知られずに公然といちゃつけるわけで、多少のリスクを背負う価値はある。


 というわけで、配信スタート。ふわりと浮かび上がった光の玉に目を向けて、まずは挨拶から。


「みんなこんにちはー! 午後の配信やっていくよ!」


『おつー』

『チャンネル名変わってて一瞬分からなかったよ』

『こちゃー』

『爆炎の姉チャンネルは草生え散らしたわ』


 するとありがたいことに、配信開始からすぐに視聴者が付き始めた。

 挨拶に紛れて呟かれるのは、私の配信用のチャンネル名について。最初は初期設定の『ベル@8592849チャンネル』っていう、アカウント名そのままになってたんだけど、それだと面白みがないからってお昼の間に書き換えといたんだよね。


 うん、これからはちゃんと事前に告知なりなんなりすることにしよう。


『撲殺チャンネルにしようぜ』

『今日も元気に撲☆殺していくよー♪』

『それだ』

『挨拶まで決まったな』


「いや勝手に決めないでくれる!?」


 そんなこと考えてる間に、またも勝手に盛り上がるコメント欄。

 ツッコミを入れてみるも、一度ついた勢いは中々止まらないようで。


『まあまあ、ほら、一度でいいから言ってみて?』

『テイク2テイク2』


「全くもー、仕方ないなぁ」


 まあ、私だっていくつかFFOのプレイ動画は視聴済みだけど、どの動画もそれぞれの“色”みたいなのがある。

 挨拶一つで何が変わるとも思えないけど、やるだけやってみよう。

 ただし、言われたままじゃつまらないから、軽くアレンジを添えて。


「んっ、んんっ……みんな、“撲殺チャンネル”にようこそ! 今日も張り切って配信していくよ! みんな仲良く、マナーと節度を守って視聴してね? さもないと……」


 ズガンッ!! と、画面内に映るように、地面を杖で殴り飛ばす。

 フィールドが荒地だったこともあってか、多少の土埃を巻き上げ罅が入ったそれを見せつけながら、にこり。


「私が撲☆殺しちゃうぞ♪」


 同時に、きゃぴっ、と擬音が付きそうなくらい媚びっ媚びのピースサイン。

 ……うん、やるだけやってみたけど、結構恥ずかしいや。調子に乗ってやるものじゃないね、これ。


『尊死した』

『こえぇ……!』

『可愛すぎかよおい』

『ガクブルガクブル』

『もう一回やって』

『撲殺されたい』


 と思ったら、なぜか好評だった。

 うん、怖がってる人達は正常だと思うけど、なぜかそっちの方が少数派っぽい謎。

 君たち、やっぱりおかしくない?


(ベル、そろそろ)


 そんなことしてたら、後ろに控えていたエレイン(……ややこしいからココアと呼ぼう)に囁かれた。

 おっと、目的を忘れるところだったよ。


「あー、もう、オープニングの挨拶の話は置いておいて! それでね、午後はティアと別行動だけど、代わりにココアちゃんが一緒だよ。私がこのゲームを始めて以来、いつも何かとお世話になってる生産職なんだ」


「よろしく」


『おっ、また可愛い子』

『まさかのケモっ子!? ふおぉぉぉぉ!!』

『どんな子かと思ってたら、まさかの美少女』

『ベルちゃん、ティア様、エレイン、ココアちゃん……美少女パーティ決まったな』

『しれっとハブられるボコミ可哀そう』

『アレ見た目はともかく性格がな』

『アレ扱いに草w』


 それまで後ろに控えていたココアちゃんの登場に、一気に沸き上がるコメント欄。

 うんうん、現金だね君たち。いや気持ちは分かるけども。


「新エリア実装される頃は、少し忙しいから……一緒にやれるか分からないけど。その分、今のうちにたくさんベルの力になるから」


 そして、そんな視聴者さん達の目の前で、ココアは私を抱き絞めた。

 それはもう、見せつけるように思い切り。


 そう、ココアの企みとは、いっそ配信で私とココアちゃんが死ぬほど仲良しなところを見せつけて、私が何をしても普通に受け入れられる環境を整えてしまおうという、直球過ぎるアイデアだった。


 これ、やり過ぎて後で雫に怒られそうな気がするんだけど……まあ、本人は気にしてないみたいだし、私も気にしないようにしよう、うん。


『唐突なキマシタワー』

『三角関係の噂は本当だった?』

『てえてえ』


「違うよ、私が一番ベルのこと好きなの。ベルも私のことが好きだから相思相愛。ね?」


「う、うん。ココアちゃんのこと大好きだよ」


 これは嘘じゃない。元々、何かと支援してくれる優しい子だなって思ってたし、今じゃあ雫だったと知って好感度が天元突破してるからね。何なら、これからはその一挙手一投足をスクショして部屋に飾っておきたいくらいは好きだよ。


 まあ、前に雫の写真でそれをやったら、当の雫に「お願いだからやめて」って割と本気のトーンでドン引きされたから、もうやらないけどさ。


『あれ、ベルちゃん妹ラブなのでは?』

『妹と恋人は別枠なのかな??』

『妹と恋人と変態ドMに囲まれたハーレムパーティ』

『ハーレムに一匹変なの混じってる件』

『まあ色物枠は必要だし多少はね?』


「私は妹が世界一好きだし大事だよ? でもココアちゃんも大切なパートナーだし、とっても大事な友達だっていう話」


『こうやってしれっと大事とか好きとか大切とかライブ配信で言えるの凄いと思うわ。俺だったら恥ずか死ぬ』

『ティアちゃん嫉妬案件』

『いや、世界一好きって言われてるんだから喜んでるんじゃ?』

『両方だろ』


 そういえば、雫にも何度か似たようなこと言われたなぁ、みんながいる前でそんなに好きだ好きだ言って恥ずかしくないのか、みたいな。


 いや、恥ずかしいわけないじゃん? 愛はいくら叫んでも叫び足りないよ!!

 すると、ココアがすっと私の前で膝を突き、じっと見つめて来た。


「本当に私のこと、大事だと思ってくれてる?」


「え? うん、そうだよ?」


「じゃあ……私の頭、ベルに撫でて欲しいな」


 潤んだ瞳で、少しばかり見上げるように懇願するココア。

 くっ、可愛い。中身があの悪戯好きの親友だと分かってなかったら、くらっと来てたかもしれない。

 というか、配信が始まってからサラッとココアちゃんらしい口調に切り替えてるけど、この演技力凄いよね。もうそっちの道で食べていけるんじゃない?


「うん、いいよ」


 そんな風に、全く関係ない考えに思考リソースを割いて、どうにか平静を保ちつつ差し出された頭を撫でてあげる。

 途端、少しばかり頬を朱に染めながらも、ぱあっと咲き誇る笑顔の華。

 可愛らしいうさ耳をぴょこぴょこと揺らす姿は本当に嬉しそうで、もう何だかこのまま抱きしめてお持ち帰りしたいくらいの迫力に満ちていた。


『てえてえ……てえてえ……』

『何このウサギ、可愛すぎるんですけど??』

『この子持って帰ってもいい?』

『ダメです』

『ダメです』


 視聴者のみんなも納得の可愛さ。うん、その気持ち凄く分かるよ。

 なんて思ってると、ココアは私の着ているローブの裾をそっと掴み、またもじっと見つめて来る。


「これからも、頑張ったらこうやって褒めてね?」


「うん、いくらでも褒めてあげる!!」


「ふあっ」


 衝動に理性が敗北し、私はココアを抱きしめる。

 なるほど、こうやって少しずつ、ココアの方から私におねだりを繰り返すことで、私の方からしていい行動を増やしていくわけだね! この子天才だよ、流石私の心の友!!


 最初、「いっそベルとココアが恋人だと思われるくらいやってやろう」なんてにやけ顔で言われた時は、絶対面白がってるだけだと思ってたよ!!


「ありがと、ベル……それじゃあ、今日の攻略は手を繋いでやってもいい?」


「もちろん!! そういうわけだからみんな、午後からは新エリア攻略のための消耗品作成用素材集めと、ついでに私の風属性の強化魔法解禁を目指して荒野エリアで戦っていくから、見ててね!!」


 話を纏めると、私はココアとしっかり手を繋ぎ、荒野エリアへと繰り出していく。


 結局その日、それはもうノリノリで私にいちゃついて来るココアに振り回されながら、半日ほど素材集めを続けて……


 気付けば、私とココアちゃんが付き合っているというネタが、半ば既成事実化してしまうのだった。

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