第82話 テイマー少女と謎の企み

「お姉さんって……その呼び方、もしかして天衣っ」


「ふふふ、ゲーム内でリアルの名前を使うのはマナー違反ですよ?」


 名前を言いかけたところで、ちょんと唇に指を当てられる。

 否定しなかったってことは、やっぱり間違いない。この子、雫のクラスメイトの、雛森天衣ちゃんだ。


「こんなところで会うなんて偶然だね。確かに、FFOをやってるようなことは言ってたけど」


 以前、買い物途中で出くわした時に、この子は私のFFOでの(不本意な)二つ名を言い当てていたし、次はこっちで会うことになるかも、とは言われていた。


 でもまさか、こんな形で出会うことになるとは思わなかったよ……。


「んー、そう偶然でもないんですよね。配信見て、今なら会えるかなと思ったので」


「そうなんだ?」


 配信を見て私のことを知ったのなら、確かに今日ここにいることを知られていてもおかしくない。

 ふふふ、目の前に私の配信の視聴者がいると思うと、なんだか嬉しいね。


「はい、とはいえ、こんな形になるのは予想外ですけど。ところで……」


「うん? 何?」


「そろそろ降りた方がいいと思いますよ。後ろが怖いですから」


 後ろ? と思って振り返ると、そこにはすたりと勢いよく地面に降り立つ、ココアちゃんの姿。ゆっくりと持ち上げられたその顔は、心なしか怒っているようにも見える。


 あれ? 雫、高いところ苦手なはずじゃ? 飛び降りたよね、今。


「ベル、いつまで女の子にのし掛かってるの? 早く、降りて」


「あ、うん、そうだね」


 どうやら、私がいつまでも天衣ちゃんに跨がってたことを怒ってたみたい?

 思わぬ再会で驚いたとはいえ、確かにずっとこの体勢のままっていうのはまずかったかも。


「ごめんね、大丈夫だった?」


「いえいえ、ゲームなら痛くもなんともないですし。それでは改めて、私の名前はサーニャ。それから……」


 手を差し伸べて立ち上がらせると、流れるように自己紹介。

 それに合わせて、フードの中からひょっこりとモンスターが……って、え?


「相棒のワッフルです、よろしくお願いします!」


 現れたのは、緑の毛並みに覆われた小さな狼型モンスター。

 これって、森林エリアに出るフォレストウルフの子供……なのかな? 初めて見たよ。


「へえ、ワッフルって言うんだ。こういうのテイマーっていうんだっけ? 可愛いねー」


「ふふふ、そうでしょうそうでしょう、うちの子は可愛いんですよ! 運良く幼獣を見付けられて良かったです」


 なんでも、モンスターをテイムするにはまずその幼獣を見付けなきゃならなくて、更にその幼獣に警戒されないよう餌になるアイテムを与えて、そこでようやく専用の調教スキルの出番なんだとか。


 スキルがあると幼獣に出くわす可能性もアップするらしいけど、中々手間なんだねー。


 そんな幼獣のワッフルに向けてそーっと手を伸ばしてみると、指先をペロペロ舐められた。

 おお、人懐っこいなぁ、可愛い!


「おお、お姉さん、こんなにあっさり触れ合えるなんて、テイマーの才能あるんじゃないですか?」


「えへへ、そうかなぁ?」


 いやぁ、そう言って貰えると悪い気はしないね。

 今のところはスキルを取る予定はないけど、こういうのも悪くないかもねー。


「むうぅ……!」


『唐突に出くわしたテイマー少女と一瞬で仲良くなったなベルちゃん』

『なんか元から知り合いっぽい雰囲気だけど』

『置いてけぼり食らってるココアちゃん涙目』


「涙目になんてなってない」


 そんなやり取りをしていたら、後ろでココアちゃんが拗ねていた。

 あはは、少し未知の遭遇に気を取られすぎたかな。


「えっと、もう知ってるみたいだけど一応。私はベル、この子はパーティメンバーのココアちゃんだよ、よろしくね」


「はい! ココアさん、よろしくお願いしますね?」


「……よろしく」


 むっすー、と変わらずご機嫌斜めなココアちゃん。

 どうしたものかと思っていると、サーニャちゃんはくすりと少し笑うと、音もなくすっとココアちゃんの耳元に顔を寄せた。


(そんな風にむすっとしてると、お姉さんに嫌われちゃうよ、妹さん?)


(っ!? な、ななっ、なんのこと!?)


(ふふ、とぼけても無駄だよー? 私観察力には自信あるからね。配信動画何度も見てるから、すぐに分かっちゃった)


(な、何が目的なの……?)


(目的っていうほどじゃないよ? ただあなたと仲良くなりたいのと……お姉さんとはもーっと仲良くなりたいなぁ……なーんて?)


(!!?!?!?)


 カメラのマイクも拾えていないみたいで、何の話をしているのかさっぱり分からないけど、何か面白がってる様子のサーニャちゃんに、ココアちゃんが翻弄されてるように見える。


 あ、ココアちゃんの目にはっきりと敵意が。


「なるほど……私に喧嘩を売りに来たと」


「喧嘩なんて売ってないですよー? ただ、ちょっと背中を押してあげようかな、なーんて思っただけです。私、お姉さんのこと好きですけど、ココアさんのことも好きですからね。色んな意味で」


「何がどうなってベルを狙ってるのか知らないけど……ベルは私のパートナー、誰にも渡さない……!」


 本当に何の話をしていたのか、バチバチと火花を散らす両者。


 ねえ、なんか私の名前が上がってるけど、これ私のせいなの? 教えて視聴者の諸君!


『さすがに今回はわからんわw』

『一つだけ確かなのは、ベルちゃんがまた俺らの知らないうちにキマシタワーを建設していたらしいということか』

『ココアちゃんげきおこ』


「いやキマシタワーってなに?」


 本当に時々よく分からない単語口にするよね君たち。今度単語の意味を調べておこうかな?


「そんなに大事なら、決闘で勝負決めましょうか? 勝った方がベルさんにちゅーして貰えるということで」


「いやしないよ!?」


「望むところ……!」


「あれ、ココアちゃんまで乗り気!?」


 自分以外誰ともしちゃダメだって話はどこに!? いや、正確にはココアちゃんが雫本人なわけだから、ココアちゃんが勝てば何も問題はないんだけど、でも私はココアちゃんを雫だと知らないことになってるし……!


 それに何より、ココアちゃんってサポート特化だよね!? 戦えるの!?


「いざ、勝負……!」


「ふふ、望むところですよ」


 そんな風にこっちが混乱している間に、二人の間で申請が飛び交い、決闘が受理されてしまった。


 いや本当に、これ私にどうしろと!?


『今回は珍しくベルちゃんが振り回されてるな』

『ベルちゃんを巡る女の子達の争い……良い』

『ていうかベルちゃんて、女の子にはモテモテなのに男は全く見かけないの何でなんだろうな』

『実は裏でティアちゃんが近付く男を焼き殺してるから説』

『本当にありそうで怖いんだが』


 男にモテなくて悪かったね!! 別に女の子にモテモテになった覚えもないけど!!

 というか君たち、他人事だと思って呑気に盛り上がりおってからに!

 えっ? だって他人事だしって?


 知ってるよ!! もぉーー!!

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