第104話 勝利の余韻と疲労感

『うおぉぉぉ、ベルちゃん勝った!!』

『あっさり追い込まれたかと思ったらそれ以降一方的』

『ボコミの時と同じパターンだな』


「ベル!」


 戦闘が終了し、決闘エリアが解除されると同時、ココアが飛び掛かって来た。

 アーサーさんより断然ゆっくりとした動きだったんだけど、緊張の糸が緩んだからかほとんど反応出来ないまま、私はあっさり押し倒されてしまう。


「わっ、と。ごめんベル、大丈夫?」


 こうなるのは予想外だったのか、一緒になって倒れ込みながら謝罪の言葉を口にする。

 そんなココアの頭をそっと撫で、大丈夫だと笑いかけた。


「ふふ、ゲームだもん、全然平気だよ。ちょっと疲れただけ」


「ならいいけど……疲れてるなら今日は早めに休んでよ。いつも大変なんだから」


「分かった分かった、もう、ココアは心配性だなぁ」


「当たり前でしょ、こ、恋人、なんだから……」


 私にのし掛かった姿勢のまま、顔を真っ赤にしてそう呟く。

 そんなココアが愛しくて、私はそのまま抱き寄せた。


「ふぇっ、ん、んんっ……!?」


 ちゅっと、軽く触れ合うようなキス。同時、きゃあ、とアーサーさんのお仲間さん達から黄色い声が聞こえてきた。


 ……そういえば、まだ周りにみんながいたんだった。いけない、頭からすっぽ抜けてたよ。


「んんっ、あー、仲が良いのは大変めでたいんだが、話を進めても構わないだろうか?」


「っ、か、かまわないよっ」


 がばっと飛び起きたココアが、あたふたと先を促す。

 そんな妹の姿にほっこりしながら体を起こすと、アーサーさんは「そうか」とやや困り顔のまま話を進めていく。


「ともあれ、俺の負けだ。見事だったよ、お嬢ちゃん」


「お嬢ちゃんじゃなくてベルです。これでもティアのお姉ちゃんなんですからね、もう働ける歳です」


 実際、雫のこともあったから、中卒で仕事探すか大分迷ったんだよね。

 中卒となると体力仕事ばっかりだし、そういう職種はいくら体力があるって言っても女の子じゃ雇って貰えないかもしれないって美森さんに説得されて、大人しく大学目指すことにしたわけだけどさ。


 ただ、よっぽど予想外だったのか、アーサーさんは目を剥いて驚いた。


「えっ……見た目通りとは思わなかったけど、ティアより年上? え?」


「そうですよ」


 ふんす、と胸を張って答えると、アーサーさんからは何やら温かい目を向けられる。

 いや、何その、「背伸びしたい年頃なんだね、うんうん」みたいな感じ。ぶっ飛ばすよ?


「というか、ティアと姉妹だったのか、どうりでこれだけ強いわけだよ」


「知らなかったんですね」


「いやすまない、色々と忙しい中で配信しているからね、中々他の配信者の動画を見る時間が……」


「……あー」


 アーサーさんが気まずげに口にした言葉には、私としても同意せざるを得ない。

 家事に学校にバイトに、最近は雫といちゃいちゃする時間を確保しながらこうしてゲームしてるわけだからね。正直、ゆっくり動画を見る時間は中々取れない。


 いや、ティアの動画は全部チェックしたけどね。徹夜して。


『ん? てことはこいつら、お互いに相手のことほぼ知らないままコラボなんてしたわけかw』

『コミュ力高すぎない?』


「ベルはすぐに誰とでも仲良くなる天然たらしだから」


「それは言えてるね」


「ですの」


「ちょっと待っておかしくない?」


 視聴者さん達のコミュ力云々は置いといて、私は別にたらしとかそんなんじゃないから。ただ妹を愛するだけの求道者だから。エレインとボコミも同意しないでよ。


「それじゃあ、ベルちゃん」


「ベルさんで」


 呼び方からして子供っぽいし。アーサーさんにそう呼ばれるのはなんか嫌だ。


「あ、はい、ベルさん……勝ったのは君だ、欲しいものはなんだい? なんでも言ってくれたまえ」


「あー、それはですね……」


 ちらり、と私はココアの方を見ると、アーサーさんをちょいちょいと手招き。耳元に顔を寄せ、ごにょごにょと密談を交わす。


「……というわけで……が欲しいんですけど」


「なるほど……しかしならば、せっかくだしオーダーメイドの方がいいだろう。金は心配するな」


「いいんですか?」


「ふっ、ここで気前の良いところを見せておいた方がモテるからな! 当然さ!」


「その一言が無ければ完璧でしたね」


 相変わらずのキザったらしい態度に若干イラッとしつつ、表面上は笑顔で返す。言葉にトゲが混じったのはご愛敬。


 と、そんなことをしていたら、ローブの裾をココアに引き寄せられた。

 んん? どうしたの?


「むぅ、今アーサーと何話してたの?」


「勝った報酬についてだよ、まだちょーっと貰うまで時間がかかりそうだし、何度か打ち合わせしないとだけど」


「ベル、よりによってアーサーのこと気になってるわけじゃないよね……?」


「ないない、だってナンパ男だし」


「俺と関わりないところで俺を振るのやめて貰えないかな!?」


『アーサー哀れw』

『まあアーサーだし仕方ないねw』


 バッサリと切り捨てたら、そのやりとりを聞いていたらしいアーサーさんがショックを受け、ついでに視聴者さんから追撃を入れられていた。


 まあうん、あれはそういうキャラだし、気にしないでおこう。


「でも、本当に何を頼んだの? オーダーメイド云々聞こえたけど……足りない装備があるなら私が」


「装備に不満なんてないよ、まあまあ、近いうちに分かるから、それまで楽しみに待っててよ」


 私があくまでも打ち明けないスタンスでいると、ココアは不満そうにぷくっと頬を膨らませる。

 可愛い、抱きたい。


「まあ何はともあれ、ちゃんと勝てて良かったよ。あのまま負けてベルがアーサーのところに引っ張られる事態になってたら、この子本気で"ティア"に乗り換えてアーサーに喧嘩売るつもりだったみたいだし」


「ちょっ、勝手にばらすな……!」


 エレインによる突然の暴露に、ココアが慌てた様子で口を塞ぐ。

 あれ、視聴者さん達が勝手に言ってたネタだったのに、本気でやる気になってたんだ……勝ってよかった。


「私はもちろんお姉様の勝利を確信しておりましたとも! お姉様の攻めに耐えられる人間など、私を置いて他にありませんわ!!」


「はいはい、ありがとねー」


 いつもみたいに暑苦しく纏わりつくボコミの顔を押し退け、やれやれと肩を落とす。

 そんな私の対応に、ボコミはやや不満げな声を上げた。


「むぐぐ……いつもより拒絶が弱いですわね。お姉様、お疲れですか?」


「え? んー、まあ確かに、ちょっとだるいかな?」


「珍しいね、ベルがそんなに疲れるなんて」


「まあ、アーサーさん強かったからねー」


 《剣身一体》のスキル発動直後なんて、アーサーさんの攻撃はほとんど全部勘で弾いてたし。はっきり言って、あの時点で負けてたっておかしくなかった。


 そんな話をすると、エレインはやや呆れ顔。


「勘だけで剣を防ぐなんて、相変わらず滅茶苦茶だねえベルは。まあ、それなら多少の疲れくらい残るよね」


「そういうこと。悪いけど、一足先にログアウトさせて貰うね。後よろしく」


「分かった。後でお母さんに言って晩御飯持っていくから、今日はちゃんと休みなよ」


「はいはい」


 親友の心遣いをありがたく思いながら、私は最後に心配そうなココアの頭を優しく撫でる。


「大丈夫だって。それじゃあアーサーさん、今日はありがとうございました。視聴者のみんなも、急な企画を最後まで見てくれてありがとうね」


「ああ、また会おう」


『またなーベルちゃん』

『次待ってるぞー』

『ちゃんと休めよー』


 アーサーさんと視聴者のみんなにも一通り挨拶を交わした私は、宣言通りすぐにFFOからログアウトする。


 この時点での、私とアーサーさんの配信動画に対する同時接続数はそれぞれ一万以上。過去最高を更新した。


 こうして、私の初めてのコラボ企画は、大成功の内に終了するのだった。

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