第120話 イベント開始と素材集め

 夏の大規模イベント、《襲来! 空挺海賊団!》。

 世間が夏休みに突入するのに合わせて始まったこのイベントは、前段と後段の二つのステップに別れている。

 後段は、もちろんこのイベントの目玉。空挺海賊団なる敵との決戦。


 そして、前段はというと……


「まさか、あの演説の後すぐに手分けして素材集めすることになるとは思わなかったなぁ……」


 空挺海賊団に対抗するための、自分達の飛行艇を作る素材集めだ。


「い、言わないで……!」


 私の呟きを聞いて、森の木を相手に採取用の斧を振り回していた"ココア"は、恥ずかしそうに蹲る。


 なんでも、ココア自身最近忙しかったからイベントの詳細を見ていなかったそうで、戦闘も何もない素材集めから始まるとは思ってなかったんだって。

 そして、素材集めなら純粋な戦闘職として作った"ティア"よりも、"ココア"の方がずっと向いている。というわけで、演説を終えるなりログインし直して来たらしい。


 いやぁ、戻って来た時の恥ずかしそうな顔、可愛かったなぁ……永久保存決定だよ。


「お姉ちゃん、そのスクショ消して」


「えぇー、そんな殺生なぁ」


「い、いいから消して……!」


 斧を持ったまま襲いかかってくるココアを軽く回避しながら、私は必死に写真を死守する。

 こんな可愛いものを消すなんて、人類の損失だよ!! その気になれば世界すら救える力を秘めてる一枚なんだよ、これは!!


『平和だなぁ』

『イベント中とは思えないほのぼの空間である』

『お前らベルちゃん達のレイドに参加してたんじゃなかったか? なんでここにいるんだよw』

『素材集めしながら窓開いてるんだよ、いいじゃないか俺にも癒しを寄越せw』

『いいから手を動かせ! この二人がサボれるくらいに!』

『草w』


「ほら二人とも、視聴者さんからサボってるって言われてるよー、手を動かしてー。あとココアに関しては、あんまりそれ言うとブーメランでしょうに」


「うぐっ」


「ブーメラン?」


 ブーメランってあれだよね、投げた発言が自分に帰ってくるってやつ。なんでこの状況で?

 あ、そういえばココアは私の着せ替え写真をたくさん撮ってるんだった。そのことかな?


「私の写真ならいつでもどんなのでも撮っていいから、私もココアの写真撮りたいな?」


「い、いつでも……どんなのでも……」


 ごくり、と何やら唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 ココア、そんなに撮りたい写真あったの? 言ってくれればなんでもしたのに。


「わかった、じゃあ最高のアングルを考えておく」


「ココア、その写真是非とも私にも!!」


「えー……独占したい」


「そんな!! 気持ちは痛いほど分かりますが殺生なぁ!!」


「わかるんだ……」


 やっぱり今のうちに焼いておこうか、なんて物騒なことをボコミに対して呟くココアの姿に、一応の当事者でもある私は苦笑を浮かべる。

 流石に、こんな変態に独占されるのは嫌だなぁ。ココアに独占されるのは……あ、嬉しすぎて鼻血出そう。うえへへへ。


「ふふふ、お姉さんは愛されてますね。あ、この辺りの素材は集め終わりましたよ」


「あっ、ありがとうサーニャちゃん」


「いえいえ、こういうのはテイマーの得意分野ですからね」


 ねー、とサーニャちゃんが目を向けた先には、小さな木片を咥えて尻尾をぶんぶんと振り回すフォレストウルフの幼獣、ワッフルの姿が。


 褒めて欲しいのかな? これはこれで、ココアとは別の意味で可愛い。


「おー、よしよし、ワッフルはいい子だね~」


「わふっ、わふっ」


 足元にすり寄って来たワッフルを見るや、そのモフモフの体をわしゃわしゃと撫で回すサーニャちゃん。

 おお、すごく気持ち良さそう……私もやりたい。


「この子は構ってあげると喜びますから、いいですよー」


「おお、ほんと? じゃあ早速……」


 飼い主の許可も降りたところで、素材集めを頑張ってくれたワッフル君を撫で回す。

 ほら、ご褒美だぞー! わしゃわしゃー!


「わふわふっ!」


「いやー、可愛いねー!」


 ベルの体は小さいのもあって、幼獣といえど中々のサイズ感。いっそ抱き着いても平気かな? とやってみたら、普通に受け止めてペロペロと舐められる。


 うはは、くすぐったーい!


「可愛いのはお前だよ……っ!!」


『お前もな』

『おまかわ』

『すぐにスクショ構えて鼻息荒くする辺り大概変態なのに可愛いとか美少女は得だよな』

『可愛いは正義』


「はあはあ……わ、私もお姉様に構われたいですわ……! 具体的には踏まれたいですわ……!」


『こっちは紛うことなきド変態である』

『一応ボコミも見た目は可愛いんだが、こっちは変態にしか見えないのなんなんだろうな』

『程度問題では?』

『それな』


 ココアとボコミが割と似たような顔になってるのに対して、視聴者さんの容赦ない講評。

 うん、その気持ちは正直私も分かる。というかココアは何してても可愛い。最強。


「そんなことより真面目に採取に勤しんでるのが私しかいない現状を誰かどうにかして」


『草』

『エレイン苦労するなぁ』

『ありがとうエレイン、お陰で俺達は楽しい』

『心配するな、俺はエレイン推しだぞ!』


「聞いてない情報までありがとう」


 なんてことをしていたら、若干背中から哀愁を漂わせたエレインが愚痴っていた。

 いけないいけない、遊び過ぎたよ。私も真面目にやらないと。


「ところで、今は素材どれくらい集まったの?」


「木材だけで五千くらい必要だからね。レイド全体で手分けしているとは言っても、何日かに分けてやらないとダメだろうね」


「石材と皮素材も結構必要だし……あと、船首につける大型モンスターの頭素材も調達しないと」


「うへえ、結構大変だなぁ」


 飛行艇建造の必要素材は、それこそ実装済みのマップ各所に散らばってる。多分、みんなでこの機会に色んな所を見て回ってね、という運営の粋な(?)計らいだろう。


 面倒なだけじゃん、というツッコミも一部であったらしいけど、それは言わないお約束。一応、性能の低い船ならちょっとの材料で作れるしね。


「でも、どうせ目指すなら最高性能だよね! 一番でっかくて強い船を使って、空挺海賊なんて蹴散らしてやろう!」


『ベルちゃんなら一人で蹴散らせそう』

『大砲に詰めて敵船に撃ち込もうぜ。それで勝つる』

『本当にやらかしそうで怖いんだけど』


「いや、やらないよ!?」


 大砲の勢いで飛ばされたら、流石に私も死ぬから。HPの少ない私に落下ダメージは致命傷だよ?


「でもベルだしなぁ……」


「お姉ちゃんならやらかしそう」


「お姉様、その時は私がクッションになりますわ!!」


「えぇ!?」


 なんでみんなして私が出来てもおかしくないみたいな感じになってるの!? 私、そこまで非常識じゃないからね!?


「お姉さんは非常識ですからね、仕方ありません」


 サーニャちゃん、心読まないでくれる!?


「あーもう、みんなして酷いなぁ! 今回はみんなで楽しむのが目的なんだからね? 私一人で殲滅なんてするわけないじゃん!」


『まるで企画のことがなければ一人で出来ると言わんばかりである』

『幼女こわい』


「揚げ足取るなーー!!」


 ぶんぶんと、久々にカメラに向かって杖を振り回す私を見て、みんな笑いだす。

 そんな和気藹々とした空気の中、その後ものんびりと採取に勤しむのだった。

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