第121話 朝のひと時と船のモチーフ
「お姉ちゃん、朝だよ」
「…………」
シャー、と開かれたカーテンから朝日が差し込み、微睡みの中で揺蕩う私の意識を揺さぶり起こす。
私が退院して、「少しは甘えることも覚えろ」と言われてしばらく経ち、今ではすっかり雫の方が早起きになった。
まあ、私の睡眠時間が伸びたのももちろんあるんだけど……それ以上に、雫が早起きするようになった結果だ。
「お姉ちゃーん? 起きてー?」
ゆさゆさと、私の体を揺さぶるか細い手。
起こそうとしてくれてるんだろうけど、その心地よい振動が、さながら揺り篭のように私の意識を眠りへと誘っていく。
「もう……起きないなら……」
未だ反応がない私に、少しばかり呆れの色が滲む声で呟きながら、雫の気配がより一層近付く。
吐息すら当たりそうなほどすぐ傍まで来た雫の口から、そっと私の耳元へ天使の囁きが降りた。
「いたずら……しちゃうぞ……♪」
「っ!!」
「わっ……!」
がばっ!! と素早く体を起こした私は、間近にあった雫の体を掴み取り、ベッドの中へ引きずり込む。
ギシッ、と軋む音を響かせながら、私達は狭い布団の中で向かい合った。
「ふふっ、雫、おはよ」
「おはよう、お姉ちゃん。……もう、いつも言ってるけど、起きてるなら早く起きてよ」
「ごめんごめん、最近は雫の照れた声を耳元で聞かないとちゃんと目が覚めなくてさー」
「なにそれ」
くすくすと笑う雫を見て、私も釣られるように顔を綻ばせていく。
そう、朝のこのやり取りは、既に何度も何度も飽きることなく繰り返されている。
狭い布団の中、雫の温かさを間近で感じながら過ごす朝の一時は、私にとって何者にも代えがたい至福の時間だ。
こんな茶番染みたやりとりに毎回律儀に付き合ってくれる辺り、雫も同じ想いなんだろう。小さく抱き返す柔らかな手を感じながら、私はそう思う。
「ほら、もう起きたでしょ。ご飯食べに行くよ」
「んふふ、だーめ、このまま少し一緒に寝よ?」
「ご飯、冷めちゃうよ?」
「雫のご飯なら冷めてても美味しいよ。それより、雫はもう少し寝た方がいいんじゃないかなって」
私の指摘に、雫はきょとんと目を丸くする。どうやら、あまり自覚がなかったみたい。
「最近は覚えたばっかりの家事に、配信の方でも抽選とかなんとか、大変だったでしょ? せっかく夏休みに入ったんだもん、少しくらいゆっくり休んだって罰は当たらないよ」
「むぅ……昼まで寝てるのはよくないっていつも言ってたお姉ちゃんとは思えないね」
「あはははは」
そういえばそんなこと言ってたなぁ、と笑って誤魔化すと、どうやら雫も本気で文句を言いたいわけじゃなかったみたいで、くすりと笑みを溢した。
「冗談、お姉ちゃんがいつも私を気遣って言ってくれてたのは分かってるから……でもね、今は私、少しでもがんばりたい。お姉ちゃんと一緒にいても大丈夫なんだって、自信持ちたいの」
「そっか……無理はしないでね、雫」
こうなったら、あまり効果はないかもしれないとは思いつつ、そうやって言い聞かせる。
成長したい、頑張りたいって想いは、私も雫と二人暮らしになった直後は凄く持ってたから、あまり無碍にも出来ないんだよね。
まあ、どうしてもダメそうだったら、その時支えてあげればいいかな。今は、雫のしたいようにさせてあげよう。
「うん……それにほら、今はイベント中だし。やっと船の建造に必要な素材が集まりそうだから、ここからが本番だよ」
「ああ、そういえばそうだったね。結局、船首につけるモンスターの頭は何にするの?」
雫の言葉で、未だに決まっていなかった……そして、地味に船の性能を決定付ける上で重要な、モチーフとなるモンスター素材を思い出す。
単純に強さで言うなら、《天空城》の大悪魔ボレアスが一番だと思うけど……
「考えたけど、メガログボロで行くよ。ボレアスの方が火力は出るけど、足回りはこっちのほうが良くなりそうだし。なにより、アーサーと被るのは嫌」
「あはは……なるほど……」
相変わらず、雫はアーサーさんが苦手だねえ。ホームを買ってくれたことには感謝してたんだけど、それはそれ、というやつらしい。
「メガログボロはそれなりに強いモンスターだし、お姉ちゃんがあんなところにギルドホームを建てたから、乱獲されて素材も結構溜まってる。今からボレアスを狩りまくって必要素材を集めるアーサー達より、スタートダッシュで差をつけられる。これは大きい」
「なるほどねー」
みんなと楽しむことを第一と言っても、勝つことを諦めるつもりはないみたい。
ウキウキと早口気味に構想を語る楽しそうな雫を見ていると、それでこそ、と思う。
「じゃあ、初出航はみんなと時間を合わせなきゃいけないだろうし、今はもう少し休めそうだね。一緒に寝ようか?」
「……ちょっとだけね」
仕方ないなぁ、とでも言いたげに……その割には嬉しそうな表情で、雫は私の胸に顔を埋める。
そんな可愛らしい妹の姿に頬を緩めながら、私達はしばしの間、互いに抱き締め合ったまま眠りにつくのだった。
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