第134話 ラストバトルと思わぬ視聴者

 特別クエストでドラゴニアス号を初めて撃退した日から、二週間。

 雫の風邪は二日ほどですっかりと治り、それ以降はイベントに邁進する日々を送っていた。

 損傷した船の修理のためにみんなで手分けして素材集めをして、特別クエストを再受注、また三段階の作戦を経て、ドラゴニアス号のHPゲージを削っていく。


 この時、地味に役立ったのが《海賊王》の称号だ。これがあると、船を修理して貰う時に必要な素材が減少するみたい。

 しかもこれ、称号を持つ人がレイドメンバーにいればいるほど効果が大きくなるようで……その情報が出回って以来、ロジャーはプレイヤー達にそれはもう何度も何度もボコボコにやられまくったらしい。なんというか、ご愁傷さまである。


「さて、いよいよだね、ティア」


「うん、これがラスト」


 そしてついに先日、ゲージを全て削り落とすことに成功した私達は、イベント最後の決戦に挑むべく集まっていた。



特別クエスト:空挺海賊王降臨 0/1

・空挺海賊王ドラゴニアスを撃破せよ! 0/1



 うん、海賊王の称号を持って海賊王に挑むことになるとは思わなかったね。別物なの? これ。


 ともかく、今回は長い前置きもなくいきなりボスバトルみたいだし、ちゃちゃっと終わらせちゃおう。


「あ、ちなみにお姉ちゃん、一つ言い忘れてたことがあるんだけど」


「うん、何?」


 ぶんぶんと杖を素振りして気合を入れる私に、ティアはいつも通りの口調で何気なく告げる。


「今日の配信、叔父さんも見てるから。たぶん」


「へー、叔父さんが。……叔父さんがぁぁぁぁ!?」


「声大きいよ、お姉ちゃん」


 あまりにも突然過ぎる驚愕のカミングアウトに、私はもう開いた口が塞がらない。

 いやだって、叔父さんだよ? ゲームとは無縁の昔気質な人だし、ティアからすれば天敵同然の人。

 それが、私達の配信を見る? え? なんで?


「私が、またこっちに来るなら一度見て欲しいって頼んだから」


「それは……なんでまた?」


 しかも、それはティアの発案らしい。

 益々訳が分からないと首を傾げる私に、ティアはばつが悪そうにそっぽを向く。


「その……叔父さんにも、今の私達をちゃんと見てほしいなって。お姉ちゃんと一緒に、こうやってたくさんの人と関わって、本気で遊んでるところ」


「…………」


 何気なく目を向ければ、そこにいるのは今回集まったレイドメンバー達。加えて、参加は出来なくても配信動画から私達の様子を見て、応援してくれる人達もたくさんいる。


「認めて貰えるかは分からない。でも、もう逃げないって決めたから。ありのままの私を、叔父さんに見せつける。……えと、その、勝手に決めてごめんね、怒ってる……?」


 いつもの勝ち気な"ティア"の口調も忘れて、不安そうに問い掛けてくるティア。

 そんな妹の顔を、私は軽く背伸びしながら胸元へ抱き寄せた。


「お、お姉ちゃん……?」


「怒るわけないでしょ? ティアが決めたなら、私は応援する。……ううん、一緒に頑張る。私達がここで積み上げて来た時間がどんなものか、叔父さんにしっかり見せ付けよう!」


「……うんっ!」


 視線を合わせ、お互いどちらからともなく笑い合う。

 流石に、"ティア"と"ベル"じゃ体格差が大きくて辛いだろうからと、早々に切り上げてそっと離れると……どことなく生暖かいみんなの視線に出迎えられた。


「あー、いちゃつくのはいいけど、もう配信始まってるの忘れてない?」


「えっ」


 みんなを代表するように口を開いたエレインの言葉に、ティアが慌てて周囲を見渡す。

 すると当然、そこにはふよふよと浮かぶカメラの存在が。

 いやうん、最近はログインしたらすぐに配信始めてるしね? てっきりティアは分かっててやってるもんかと。


「うぅ……! いや、いい、これくらいで恥ずかしがってたら、やれることもやれなくなる……!」


 顔を赤くしながらも、深呼吸して覚悟を固めたティアが自分の配信も流し始める。

 そして、改めてみんなの方へ向き直った。


「お前ら、今日までよくやってくれた!! いよいよこのイベントも大詰め、最終決戦だ!!」


 たぶんな、という言葉は、隣にいた私くらいしか聞こえなかったと思う。

 まあうん、これで最後だって銘打たれてるわけじゃないもんね。


「空挺海賊王ってのがどんなやつかわからないけど……オレ達でぶっ倒すぞ!!」


「「「うおぉーーー!!」」」


 例によって雄叫びが上がり、士気は上々。それに満足そうに頷いたティアは、最後となるクエストを受注する。


 同時に、港から空へと飛び立つメガグロちゃん号。この二週間、ほぼ毎日目にして来たせいか、私までちょっと愛着湧いて来ちゃったよ。見た目キモいのに。


 ともあれ、そんなことを考えながら空を進めば、再び見えてきた宿敵の船、ドラゴニアス号。

 これまでと違いボロボロで、艦首のドラゴンもどこか元気がないその船は、特に抵抗する様子もなく私達の接近を受け入れた。前衛艦隊も、小型ボートやワイバーン騎兵の襲撃すらない。


 どうやら、本当にボスとの戦いだけみたいだね。


「さて、どんなボスかな……」


 ドラゴニアス号の甲板に足をつけ、みんなでゾロゾロと船の中を進んでいく。

 敵兵は普通に人間だったし、ボスも人間タイプなんだろうか? それとも、船がドラゴンだったし、竜人とか?


「それじゃあみんな、開けるぞ」


 そんなことを考えながら、やがてたどり着いた船底の弾薬庫、その奥にあった扉を開け、中に入る。

 結構狭い通路を通ってきたから、ボス部屋も狭いんだろうかと思いきや、どうやら船の後部が五階層分丸ごと吹き抜けになっていたようで、物凄く広い空間が広がっていた。


 これなら、レイドメンバー全員が自由に動きまわれそうだね。でも、船の中でこんな広いデッドスペースを作るなんて、一体どういう……。


「おい、見ろあれ!!」


 船の構造に想いを馳せていると、誰かが部屋の奥を指差した。

 これまでとは桁外れの大きさを誇る重そうな扉が、ズズズ、と音を立ててゆっくりと開いていく。


「……わーお」


 扉の奥から現れたそれは、概ねイメージ通りの海賊船長っぽい格好をしていた。

 膝下まで届くコートに、頭に乗った羽帽子。黒いとんがりブーツに加えて、腰に差したレイピアと左手の義手フックなんてもう、いかにもと言いたくなるやつだ。


 ただ、その大きさがハンパない。

 デッドスペースだと思っていたこの巨大な船室の天井付近まで頭が届きそうだと言えば、その途方もないサイズが伝わるだろうか?

 それに加え、何よりも異様なのは船長服に包まれたその体。

 無数のバネとゼンマイが動く度にカチカチと音を鳴らし、眼帯に隠されていない眼はガラス玉が不気味な赤い光を灯しながらギョロギョロと蠢いている。


 全身を植物のように絡め合わせた無数の金属によって構成した、機械仕掛けのカラクリ巨人。

 それが、このイベントにおける最終ボスの正体だったのだ。


「我ガ覇道ヲ阻ム愚カ者ドモヨ……ココデ死ヌガイイ!!」


 耳障りな機械音声でそう叫んだ最終ボス、ドラゴニアスは、呆然とする私達に向け、腰のレイピアを容赦なく抜き放つのだった。


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