第133話 お説教と風邪の看病

 特別クエスト、第三段階を無事? 突破した私達。とはいえ、イベントはまだ終わっていない。

 どうやら今回のイベント、同じクエストを何度もこなして敵本船のHPを少しずつ削っていかないといけないらしく……しかも、傷付いた私達の船の修復のため、また素材を集めないといけないらしいことが分かった。


 そういうわけで、今日中の攻略は無理と判断し、一旦お開きとなったんだけど……。


「お姉ちゃん、反省してますか」


「してますしてます! だからそろそろお許しを!」


「だめ、そのまましばらく正座」


「あうぅぅぅ」


 ログアウト後すぐに、私は雫の手で廊下に正座させられ、更にはバケツまで抱えさせられていた。

 なぜバケツ? と聞いたら、定番だかららしい。微妙に間違ってる気はしないでもないけど、単純に重量が増えたせいで足が辛い。うごご。


「確かに、今回のイベントじゃあデスペナは免除されてるし、お姉ちゃんの行動のお陰で母船が墜ちる前に達成条件を満たせたのは大きい」


「えへへ、でしょ?」


「でもだからって他のプレイヤーまで巻き込んで自爆はやりすぎ」


「それはその、反省しております……!」


 いやうん、言い訳させて貰うとね? 私もあそこまで広範囲に被害が出るとは思わなかったの。

 こう、「弾薬庫誘爆からの轟沈って定番だし、たくさんダメージ通るんじゃないかな~」って閃いたのは確かだけど、精々弾薬庫のあった階層一つ吹っ飛ぶくらいかなーって。まさか船全部爆発範囲とは思わないじゃない?


 というか、船全部に即死級のダメージが及ぶ大爆発を受けて損傷一割って、あの船の強度どうなってるの? おかしくない?

 えっ、おかしいのは私の頭? ご、ごめんなさい。


「本当にもう、お姉ちゃんはいつも無茶ばっかりするんだから……見てられないよ」


「いやほら、あくまでゲームの中だし?」


「お姉ちゃんの場合、リアルと言動が変わらないから心配なの」


 ぐいっと顔を寄せながら、雫が頬を膨らます。

 ほんのりと赤みを帯びた顔がいつもと違って可愛らしい……というか、ん……?


「お姉ちゃんはいつも危なっかしいんだから、少しは自重を……って、どうしたの?」


 私の様子が変わったことに気付いたのか、雫がこてりと首を傾げる。

 そんな雫の頭を、私はバケツを脇に置いてフリーになった手で挟み込んだ。


「お、お姉ちゃん……!? い、今は説教の途中で……!」


 すっと顔を寄せていくと、より一層赤く染まる雫の顔。

 怒りながらも抵抗はなく、ただぎゅっと目を瞑る雫との距離をどんどんと詰めていき――コツン。


 お互いのおでこを、ピタリとくっつけた。


「ふえ……?」


「やっぱり、雫、少し熱があるんじゃない?」


 きょとん、と驚いた表情の雫に、私はそう言って顔を離す。

 この様子だと、あんまり自覚はなかったみたいだね。こうしちゃいられない!


「最近たくさん頑張ってたから、疲れが出たんだろうね。さあ、部屋で休もう!」


「あっ、ちょっ、話はまだ途中で……!」


 足の痺れも忘れて雫の華奢な体を抱き上げると、余計な言葉は右から左に聞き流してそのまま部屋に直行。熱を計ってみたら、やっぱり37.8℃もあった。これはいけない。


 ひとまずベッドに放り込むと、少し汗をかいている様子だったので服をひっぺがし、体を拭いてからパジャマに着替えさせる。


「よし、それじゃあご飯作ってきてあげるから、少し待っててね」


「うぅ……わかった……」


 顔どころか全身真っ赤なんじゃないかと思うほど紅潮しきった雫にそう言い聞かせ、キッチンへ向かう。


「んー、冷蔵庫の中は何があったかな……」


 まだ雫が率先して家事を請け負うようになって大して時間も経ってないのに、もうどこに何があるのかよく分からなくなってる。


 それだけ、雫が毎日頑張ってくれていたと思うと嬉しい反面、やっぱり少し甘え過ぎたかなとも思う。


「よし、これならいけるね」


 ひとまず、残り物の野菜を使ってカボチャ粥を作るとしよう。栄養つくし。

 パパッと調理を進めながら、並行して洗濯物の取り込みなんかも済ませちゃう。お風呂は入れるかな? まあまだ早いし、準備だけとしてと。


「雫、お待たせー!」


 そうして慌ただしく動き回った末、出来上がったかぼちゃ粥を持って雫の元へ。

 少しは落ち着いたのか、熱っぽくはあれどいつも通りな雫のジト目を見て安心しながら、お粥を口元へ。


「はい雫、あーん」


「……あー……ん……」


「どう雫? 美味しい?」


 不承不承と言った様子で食べる雫の姿に懐かしさを覚えながらそう尋ねると、小さく「……おいしい」との返答が。

 よしよし、食欲はあるみたいだね。どんどん食べさせてあげよう。


「うー……まさかこんなことになるなんて……お姉ちゃんに、たくさん楽させてあげようって、思ったばっかりなのに……」


 ただ、心の方は少し落ち込みモードみたい。かぼちゃ粥を食べ終わる頃には、罪悪感から複雑な表情を浮かべていた。


 叔父さんの手前、ちゃんと自活能力があるってところを見せなきゃいけないのに、こうして早々にダウンしてしまったことを気にしているみたいだね。

 ふふっ、可愛いなぁ。


「十分させて貰ってるよ。今度は雫が休んで、私が頑張る番になっただけ」


「でも……」


「ねえ雫、私達これからも一緒だよね?」


「…………?」


 雫の言葉を遮ってそう問い掛けると、返ってきたのは「当然でしょ?」と言わんばかりの疑問の視線。

 その声なき返答に満足して頭を撫でてあげながら、私は優しく語りかける。


「ずっと一緒にいればさ、色々あると思うんだ。こうやって雫が熱出したり、私が風邪引くことだってあるだろうし」


「……あるかなぁ?」


「ありますー、私だってたまには風邪引くんですー」


 雫の軽口にくすりと笑いながら、頭から頬へ手を滑らせる。

 すりすりと、小動物みたいに擦り付いてくる雫の仕草が愛おしい。


「他にも、何かの用事でどっちかが遠出したり、忙しくて手が離せなかったり、色々ある。一緒にいるなら、どっちかがどっちかを一方的に支えるんじゃなくて、お互いに相手を想って力になってあげるのが大事だと思うんだ」


 だから、と微笑みかけると、雫は照れたように顔を逸らす。

 そんな可愛い雫の頬を押して正面を向かせる意地悪をしたら、今度はむすっとリスみたいに頬が膨らんだ。


「雫が良くなるまで、ちゃんと私にお世話させて? 元気になったら、これからは二人で分担しながらやっていこう。家事だって雫と一緒ならきっと楽しいよ」


「……わかった。でも、それを言うならお姉ちゃんこそ、何でもかんでも一人でやろうとしないでよ? 油断してると本当になんでもやっちゃうんだから」


「あはははは……」


 思わぬ反撃に、私はそっと目を逸らす。

 ついさっき、FFOの中で独断で突っ走ったことを怒られていたばかりだから、これには反論出来ないや。


「じゃあ、約束しよ、お姉ちゃん。これからはなんでも、二人で力を合わせてがんばるって」


「うん、約束」


 そっと小指を絡め合わせて、二人で小さな約束を交わす。

 それが終わると、雫は一度離した手で私の袖を掴み取った。


「それじゃあ、今は私が甘える番、なんだよね……? 寝るまで、傍にいて貰っても、いい?」


「もちろん、雫がそうして欲しいなら、いつまでも」


 雫の手を両手で包み、顔を見合わせて優しく笑い合う。


 そんな穏やかな時間を過ごしながら、私は雫が眠りにつくまで、その天使のような愛らしい顔を飽きることなく見詰め続けるのだった。

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