第87話 変態の襲来と本音の突撃

「うーん、サーニャちゃん、一体何を企んでるんだか……」


 サーニャちゃんのホーム訪問が思わぬ形で終了した私は、なぜか一人、途中で買い出しをしてからココアちゃんのホームへ向かうことになった。


 ポーションの補充だなんだって、絶対に私を足止めするための言い訳だよね。サーニャちゃん自身はさっさとココアちゃんのところに戻っていったし。


 最後の方、結構不穏な単語を口に出してたし、凄く不安だ。


「でも、雫を素直にさせてデレデレ甘えるように、とか言ってたし……本当なら正直楽しみ」


 最近は大分素直に甘えてくれるようになったけど、今朝も結局最後は蹴り飛ばされちゃったし。

 もう一息、雫との仲が縮まるのなら、サーニャちゃんの思惑に乗っかるのも良いかもしれない。


「ん? メッセージ?」


 そんなことを考えていたら、当のサーニャちゃんからメッセージ。

 えーと何々……? 『次の空メッセージに合わせてホームに入ってきて』?


「うーん、わざわざタイミングを指定して来るなんて……本当に何を企んでるんだか……」


「ベルお姉様ぁーー!!」


「わかんないねっと!」


「のほげ!?」


 メッセージを見ながら歩いていたら、背後からいつもの声。

 咄嗟に体を捻って突撃を躱し、拳で地面に叩き落としたそれは、案の定うちのパーティの肉壁役(ボコミ)だった。


「ボコミも町中の探索終わったんだね、おかえり」


「た、ただいま戻りましたわ……ふふふ、さすがお姉様、いっそ不意打ちタックルで押し倒すのもアリかと思って本気で攻めましたのに、あっさり返り討ちとは……惚れ直しましたわ!!」


「はいはい、ありがとうね」


 とりあえず、地面に倒れて鼻息を荒くするボコミに手を差し伸べ、起き上がらせてあげる。

 本人としては雑に扱われた方が嬉しいかもしれないけど、攻略では色々と助けられちゃったしね。せめてこれくらいはしないと。


「い、いつも殴り飛ばすばかりだったお姉様が、私に手を……!? な、なんでしょうこの感じ、私、胸がときめいて……! はっ、これが恋!?」


「うん、それただの錯覚だから。普段意地悪な人から少し親切にされるとやたら良い人に見えるとか、そういう奴だから」


 自分で殴り倒して自分で助け起こしたら惚れられましたって、そんな酷いマッチポンプ見たことないよ。


 流石にネタでやってるんだと思うけど、ボコミの言動は一々大げさだからつい本気で突っ込んじゃった。


「なるほど、つまり意地悪なお姉様をお慕いする普段の私の想いこそが本物ということですのね、流石お姉様!! では、早速踏んでくださ……あぁぁぁ!?」


「はいはい、そういう発言は人のいないところでしようねー」


 私の突っ込みなんて関係ないとばかりにヒートアップするボコミの手を握ったまま、 旅行カバンみたいにズリズリと引き摺り回す。


 いや、あっちはキャスター付きで、こっちはそんなの付いてないから、ちょっと違うかもしれないけど。


「はあはあ……! 私、攻めの方の気もあるのかもしれないと、先日お姉様のお体を貫いてから考えておりましたが……やっぱり、お姉様にいたぶられることを超える喜びなどありませんわ!! これからも一生お慕いしますの!!」


 うん、こんな理由で私を慕ってて、この子の将来大丈夫なんだろうか? というかこんなにはっちゃけまくってて、リアルでちゃんと人付き合い出来てるのかな? 色々と心配になってきたよ……


「あ、そういえばお姉様、ウィングブーツのレシピなるものを手に入れたとは聞きましたが、それはどうなりましたの?」


「ああ、それなら今、ココアちゃんが作ってくれてるよ。私の分は全身装備を作り直してくれるって」


「なるほど、本当にあの子はお姉様のことがお好きですね。さすが私のライバルですの」


 私だけ、と聞いてもしかしたら羨ましがるかと思ったんだけど、特にそんなこともなくボコミは納得の表情を浮かべる。


 とはいえ、ライバルって……


「いや、ボコミとココアちゃんで特に競うこともないと思うんだけど。何がどうライバルなの?」


「それはもちろん、どちらがより多くお姉様の寵愛を受けられるかですわ!!」


「ああうん、それはココアちゃんの完勝だと思う」


 私は何よりもまず雫が最優先だし。ココアちゃんが雫である以上、ボコミに勝ち目なんてない。


 そんな私の言葉に、けれどボコミはなぜか不敵な笑みと共に「そうでもありませんわ!」と言ってのける。


「私にとっての寵愛は、お姉様からいたぶられること!! お姉様はなんやかんやと言いつつも、いつも突撃する私を通報することなく容赦なく殴り飛ばしてくれますので、寵愛を受ける頻度は間違いなく私の方が多いですわ!!」


「いや、うん。否定は出来ないけど、私以外にやったら嫌われかねないから気を付けてね?」


 さっきも思ったけど、ボコミって色々と濃いから、リアルで似たようなことやってドン引きされてないか心配になってくるんだよね。


 でも、そんな私の忠告さえ、ボコミは何のそのとばかりに笑い飛ばす。


「嫌われるのが怖くて人付き合いなんて出来ませんわ! 言いたいこと、して欲しいことがあるならハッキリ口にして、本心からぶつかる! そうしなければいつまで経っても先へ進めませんもの!」


「……なるほど」


 どこまでも欲望に忠実なボコミの言葉に、私は少しだけ考えさせられる。


 私、自分の本心は出来るだけさらけ出して来たつもりだけど……その実、雫に"本心から"嫌われるのが嫌で、どこかブレーキをかけていたのかもしれない。

 実際、キスなんてそれこそずっとしたかったけど、雫から言い出してくれるまで、私は一度もそうしたいなんて口にすることもなかったわけだし。


「ふふ、ありがとボコミ、お陰で何か大事なことに気付けたかも」


「そうですの? よく分かりませんが、お役に立てたのなら幸いですわ!」


「うん。だからお礼に、ココアちゃんのホームに着くまでもっと激しく引き摺り回してあげるね」


「んはぁぁぁぁ!? ありがとうございますお姉様ぁぁぁ!!」


 割と大事な話の最中ですら私に引き摺られていたボコミの体をぶん回しながら、ダッシュでココアちゃんのホームへ向かう。


 歓喜の雄叫びを上げながら転がるボコミの姿を見て、通りすがりのプレイヤーさんがぎょっと目を剥くのが見えたけど、今はそれも気にならなかった。


 早く、ココアちゃんのホームに帰りたい。


「ただいまー!!」


「ふえ!? ベル!?」


 到着した傍から、私は返事も合図も待たずホームの中に飛び込んだ。

 エレインが驚いてたり、サーニャちゃんが「まだ呼んでない!?」って顔してたりしたけど、私の目はそれ以上に、ホームの真ん中にいるココアちゃんに釘付けだった。


 以前はオーソドックスな修道服に身を包んでいたのに、今着ているのは魔術師に近いローブ装備。

 膝上くらいまでの丈を持つそれは腰の辺りからふわりと広がり、後ろから見るとワンピースにも見える一方で、大きく開かれた正面からは白のキャミソールと紺のショートパンツが覗き、どこか活動的な印象を見る者に与える。

 衣装のところどころに取り付けられた鳥の羽がアクセントになったその装備を着けた状態で、ココアちゃんは慌てた様子で口を開いた。


「えと、その、これは……! 二人に、せっかくなら、ベルとペアになる衣装にしてみたらって、そう言われて……」


 しどろもどろになりながら、ココアちゃんは今自分が着ているのとほぼ同じデザインの装備一式を取り出した。

 強いて違いを挙げるなら、ココアちゃんが今着ているのが銀のローブなのに対して、私用だというそれは茶色のローブ。


 私とココアちゃん、それぞれのパーソナルカラーが、逆になっていた。


「その……こういうの一緒に着て遊べば、ベルともっと仲良くなれるからって……だから私……!?」


 何かを必死に言いかけるココアちゃんだったけど、私はそれを最後まで言わせなかった。


 これまで引き摺ってきたボコミを放り出し、ココアちゃんの元まで駆け寄った私は、その勢いのまま口付けを交わす。

 目を白黒させるココアちゃんに、そっと口を離した私はにこりと笑い、


「ありがとう、ココアちゃん。愛してる」


 隠すことなく、本心からの言葉をぶつけた。

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