第54話 樹海攻略と脳筋姉妹
私達が足を踏み入れた樹海エリアは、言葉通り木々が海のように連なったエリアだった。
それだけ聞くと森林エリアと変わらないようにも見えるけど、この二つには決定的な違いがある。
森林エリアは、あくまで“背景”が木で埋め尽くされていて、プレイヤーが動き回る場所は少々薄暗いだけの普通の道だったのに対して、この樹海エリアはその“プレイヤーが動き回る場所”にすら木々が無数に生えていたのだ。
「へ~、ここが樹海エリアか……なんか不気味だね」
『わかる』
『キャンプ→森→樹海と段々暗くして恐怖心を薄れさせないアレ』
『ここで肝試しできそう』
私の何気ない呟きに、コメント欄も一斉に反応してる。
実際、このエリアは随分と暗いんだよね。荒野エリアから森林エリアに移った時も少し薄暗いなーとは思ったけど、ここはその比じゃない。
足元が見えないってほどじゃないんだけど……ちょっと懐中電灯が欲しくなるくらいには暗いの。
「それじゃあ行こうか、ティア」
とはいえ、そんなことで尻込みして、ビクビク警戒しながら進んでも仕方ない。
私が前衛なんだし、ここはティアに危険が及ばないように、先行して安全を確保しなきゃ!
「あっ、お姉ちゃん待った、ここは暗いから、あまりずんずん行くと死角から不意打ちを……」
「グギィ!!」
ティアの言葉が言い終わらないうちに、私が通りがかった木の陰から、黒いゴブリンが飛び掛かって来た。
チラリと見えたエネミーネームはナイトゴブリン。これまでと違って、割としっかりした剣と鎧で武装してるのが特徴的だ。
夜と騎士をかけてるのかな? 面白いね。
「ほいっ!!」
「グギ!?」
そんなナイトゴブリンの剣を半歩横にズレることで躱し、お返しにと顔面に杖を叩き込む。
怯み、体が浮いたところで、反対の杖をどてっ腹へ。地面に叩き伏せ、反撃が来ないように剣を持った腕を踏んづけて地面に縫い留める。
これでよし、と。
「それじゃあ、ちょっとごめんねー。《フレアランス》!」
杖を顔面に突き付け、発動するのは炎の魔法スキル。
モンスターやちょっとしたオブジェクトを貫通して奥の敵にダメージを与えられるスキルで、《ファイアボール》を何度も使ってたら使えるようになったスキルだ。
中々にダメージ補正が大きいスキル……なんだけど、元のINTがさほど高くない私じゃそれほどダメージも出ないから、弱点部位に杖を押し付けたまま更に連打。ナイトゴブリンが力尽きるまで攻撃し続ける。
『今この子、死角から攻撃されたのにあっさり躱したぞ』
『どこに目ついてるんだ……凄すぎる』
『てか、地面に叩き伏せて動けなくして、死ぬまで魔法で嬲り続けるってヤバイ。殴れば一発だろうに……』
『わざわざMP消費してまで長々と虐める方を選ぶとは……やはりドSか』
『ドSだな』
『違いない』
「違うから!! スキルの派生先を解放するためだから!!」
またしても失敬なことを好き勝手口にし始めたコメント欄を見て、私は抗議の声を上げる。
魔法に限らず、このゲームのスキルは単にレベルを上げるだけでなく、いくつかの条件を満たすことでしか習得出来ない。
そして、いわゆる“上位スキル”と呼ばれる、特定のスキルから派生して習得出来るスキル群は、派生元のスキルを特定回数使い込むことが条件になっていることが多かったりする。
だから、最近はこうして、余裕がある時は魔法を使うように癖付けているわけ。《天空の回廊》では、遠距離に攻撃出来る手段を強化しておいて損はないからね。
特にこの《フレアランス》、動きながら発動出来ないタイプの魔法だから、意識して使わないと永遠に死にスキルのままだし。
大分王道から外れてるとはいえ、せっかくティアと同じ魔術師なんだしね。せめて同じ炎属性くらいは解放しておきたい。
というわけで、断じて私がナイトゴブリンを虐めたくてやってるわけじゃないの。理解した?
そう思ってカメラを睨めば、コメント欄は『アッハイ』の嵐。いや、絶対理解してないでしょこれ。
「まあ、本当はそういう使い方する魔法じゃないしな、それ」
「うぐぐ、まあ、それは分かってるけど……!」
同時にティアから下される、容赦ない指摘。
うん、この魔法の特性を考えれば、どっちかというとモンスターが隠れてそうな木に向かって事前に打ち込んでみるとか、複数のモンスターが連なってるところで二枚抜きを狙うとか、そういうのが正しいのは分かる。
分かるけど、私のスタイルだとね? こう、こっちの方がやりやすいの。だから仕方ない。うん。
「ちなみに、ここの正しい魔術師の攻略法は……こうだ!」
そんなことを言ってると、今度はティアが一歩前に出る。
取り出したるは、片手持ちの
「《ブレイズサイクロン》!」
ゆっくりと正面に掲げられた杖の先に、真っ赤なエフェクトが纏わりつく。
ティアが紡いだスキル名と共に、巻き起こるのは炎の嵐。
闇に閉ざされた森を照らし出す強烈な光が渦を巻き、立ち並ぶ木々を飲み込んで走り抜ける。
ド派手な演出にポカーンと口を開けていると、魔法を放ち終わったティアは得意気に鼻を鳴らす。
「こうやって、範囲攻撃で隠れてるやつを全部叩いて、引っ張り出すんだ。不意打ちが多い代わりに、あまり数がいるエリアじゃないから……お姉ちゃんくらいばかみたいな反射神経してないなら、こっちの方が安全確実だ」
「な、なるほど」
『合理的……ではある、のか?』
『間違ってはないな、うん』
『でもこう、やっぱり姉妹だな、この二人。思考がそっくりだ』
『間違いない』
「う、うっさい!」
私が考えても言わなかったことを、視聴者の皆様方は直球でコメントしていた。
顔を真っ赤にして怒ったティアが、「焼くぞ!? 今度見つけたら絶対焼くからな!?」などと叫ぶと、それに合わせてコメント欄が『可愛い』一色で染まっていく。
中には、『いつもより可愛いw お姉ちゃん効果かw』なんてコメントまであって、私は自分の顔がにやけていくのを感じていた。
ぐふふ、いつもより可愛いってことは、私と一緒にいてティアが喜んでくれてるってことだよね! 私の存在がティアにとってプラスになってるってことだよね!
うっきうきでそんなことを考えていると、私はそこでふと、違和感に気付いた。
「ねえティア、魔法撃ったのに全然ナイトゴブリンが襲って来ないんだけど」
「え? 言われてみればそうだな、なんでだろ……って、あ」
「どうしたの?」
「……今の一撃で、このエリアのナイトゴブリン、ほぼ全滅したかもしれない」
そう言って、ティアが可視化したのはプレイログ。
そこには、ほんの数秒前の時間表示と共に、ナイトゴブリンの撃破記録がずらりと十体分ほど連なっていた。
ティア曰く、このエリアで一度に出現するナイトゴブリンの数と、ほぼ同数らしい。なるほど。
『あれ、普通の魔術師の攻略法を教えるという話はどこに?』
『普通(一撃でエリア内の敵殲滅)』
『普通とは一体……うごご』
『この姉妹に普通の攻略を求める方が無理な話だったのでは?』
心なしか、私達の周囲を回る光の玉から、非難がましいジトリとした視線を感じたのか、ふいと視線を逸らすティア。
やがて私に振り返り、何事もなかったかのように言った。
「さ、次のエリア行こうぜ、お姉ちゃん」
「あ、うん、そうだね」
『逃げた』
『逃げたな』
『勝ったけど逃げた』
『これが本当の勝ち逃げか……』
「うっさい焼くぞ?」
口さがない視聴者さん達を、ティアがジロリとひと睨みして黙らせながら。
私達は、モンスターの一匹たりともいなくなった薄暗い森の中を、悠々と進んでいくのだった。
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