第44話 ド変態と大告白
「勝っ、たぁぁ~~……!! やったぁ!!」
激戦を制し、どうにか勝ちを拾った私は、杖を振り上げ歓喜の声を上げながら……そのまま後ろに倒れこんだ。
「ベル!」
「あっ、ココアちゃん。えへへ、ありがと」
地面に倒れるよりも先に、いつの間にやら駆け寄ってきたココアちゃんに抱き留められた。いやー、今回はかなり疲れたよ。
お礼を言って笑いかけると、そっぽを向いて顔を赤くし……なぜか腕の力は増していく。うん、ちょっと苦しいかも?
そんな風に思っていると、続けてエレインが歩み寄って来た。
「いやー、ベル、相変わらず無茶苦茶するねー。空を飛ぶ魔術師なんて初めて見たよ」
「別に飛んでなんてないよ、ただ壁ジャンプに空歩スキルを合わせてただけ。エレインだって出来るでしょ?」
「流石にあそこまで飛びっぱなしのはやったことないよ。私のステータスじゃあんな風に対戦相手をお手玉出来ないし」
なんでもあの壁ジャンプ、《盗賊》の専売特許とされていたみたい。と言っても、壁際に追い詰められた時の緊急脱出手段としての側面が強い、曲芸技の一つとして認知されていたらしい。
うっかり足を踏み外したら大ピンチだし、見映えはいいけど実際に戦闘に組み込んだ人はいないんだって。
「ふ、ふふふ……見事でしたわ……」
そんな話をしていると、ボコミがゆらりと立ち上がり、幽鬼のような足取りでこっちに歩み寄って来た。
「圧倒的なPS(プレイヤースキル)……情け容赦ない一方的な連撃……なるほど、ティアお姉様の姉君を名乗るのも、あながち嘘ではないのかもしれません」
「いや、名乗るも何も、正真正銘お姉ちゃんだから」
改めてそう宣言しながら、ココアちゃんの腕から離れてボコミと対峙する。
顔を俯かせ、「そうですか」と力なく呟いたボコミは、そのままゆっくりと顔を上げていく。
「約束通り、ティアお姉様の妹分の座はお譲り致しますわ……」
「いや、譲るも何も妹じゃないから、私お姉ちゃんだから!!」
「その代わり!!」
一切合切私の話をスルーしながら、くわっ、と目を見開いたボコミが一気に駆け寄ってくる。
すわ辻斬りか!? と身構える私の目の前で、ボコミは地面を滑るようにその場にひれ伏し……って、え?
「ベルお姉様、私を踏んでくださいましぃぃぃ!!」
「なんで!?」
ちょっ、はっ、えぇ!? 流石に予想外過ぎて話についていけないんだけど!?
思わず心優しいフレンドに助けを求めて振り返れば、ココアちゃんは口を開けたまま完全に硬直し、エレインはしれっとその場からいなくなっていた。
あ、こらっ、何を他のプレイヤーに紛れて他人のフリしてるの! 今の今まで私と喋ってたんだから、今更そんなことしても無駄なんだからね!? ちょっ、こら、親指立てて誤魔化そうとするな! 頑張れって、丸投げしないで!?
「勝者が敗者をいたぶるのは当然の義務ですわ! さあさあ、私この通りHP特化で頑丈なステータスしておりますから、どんな過激なことをされても耐えられますわ!! さあ遠慮せず!!」
「いや流石に遠慮するよ!?」
というかこの子、そんな理由でHP特化にしたの!? 思った以上にヤバい子だったよ!!
「ハッ! ベルお姉様の妹になったということは、間接的にティアお姉様の妹分になれるということで……! 二人一緒に責められるというのもアリぐげべ!?」
「私がやってあげるから、ティアには近付かないように、ね?」
「あああ!! 分かりましたお姉様!! ありがとうございますぅ!!」
取り敢えずお望み通り杖で殴ってぐりぐりしたら、心底嬉しそうな顔でお礼を言ってきた。
うん、これはティアに近付けちゃいけないやつだ、何としても私が阻止しないと。
なんて思っていたら、いつの間にか再起動を果たしたココアちゃんが、フラりと私の前に。
何をするつもりかと見ていると、不意にインベントリから大きなハンマーを取り出し……って、え?
「……ふんっ!」
「あぎゃ!?」
思い切り振り抜き、ボコミが転がっていく。
予想外の行動に驚いていると、起きあがったボコミが抗議の声を上げた。
「あなたいきなり何をするんですの!? せっかくお姉様がいたぶってくださりましたのに!」
「やかましいこのド変態、ベルに近付くな」
「ド……!? くぅ、中々良い口撃力をお持ちのようですが、まだまだですわね、お姉様には及びませんわ」
いやいや何を比べてるの何を。というかこの子、罵倒されて喜んでない? 顔がめっちゃ上気してるんだけど。
「大体、あなたはベルお姉様の何なんですの!? ただのフレンドにお姉様との逢瀬を邪魔されたくはありませんわ!」
いや、ボコミはそのフレンドですらないからね?
そんな私の突っ込みが届くはずもなく、ココアちゃんは堂々たる態度で反論した。
「一つ、ここだとそもそも他の通行人に邪魔」
「む……それは確かに言えているかもしれませんわね。というわけでお姉様、是非とも我がホームに……」
「もう一つ。私はただのフレンドじゃないから。あなたみたいなド変態がベルに近付くのは認めない」
「ほ、ほう? ただのフレンドでないなら何だと言うんですの?」
「それは……」
ボコミの呼吸が一段と荒くなって、なんだかもじもじし始めた。
うん、トイレが近いのかな? なんて軽い現実逃避をしていると、そんな私をココアちゃんがチラリと見る。
こちらは可愛らしく、何か羞恥を堪えるかのように顔を赤らめながら、再びボコミに振り返って……
「ベルは……わ、私の専属パートナーだから、誰にも渡さない!! ……ベルは、私のものなの!!」
「ほあっ!?」
思わぬ宣言に、逃避していた思考が一瞬で引き戻された。
えっ、専属? いやいや、ココアちゃんは私だけじゃなくて、エレインやティアの装備も見てるんだよね!? 思いっきり嘘じゃん!?
後、私はティアの物だから! いくらココアちゃんでもそこは譲らないよ!!
「な、なん……!? くっ、まさかこんなところにもまだライバルがいたとは……! いいでしょう、あなたも私と決闘なさい!!」
「望むところ……!」
「いやいや、ココアちゃんはサポート特化の僧侶なんだから、一対一の決闘なんて出来るわけないでしょ!? 落ち着いて!?」
「離してベル。これは女として譲れない戦いなの」
「そうですわお姉様、今は少し下がっていてくださいませ。どうしてもというのであれば踏んでくださいまし」
「そっちもちょっと黙ろうか!?」
珍しく熱くなったココアちゃんを宥めようと羽交い締めにし、またも変態発言を飛ばすボコミに頭を痛める。
そんな私達を、遠巻きに眺めるエレインが他のプレイヤーと一緒に大笑いし、滅多にない見世物だと人が集まっていく。
結局、今日この時の一連の騒ぎが、決闘のログと合わせて拡散され、私の名前が予期せぬ形で今一度FFO界隈で有名になったことを私が知るのは、まだ先の話である。
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