第46話 雫の独白⑤

「ああもう、なにあいつ!」


 VRギアを乱暴に外し、私――鈴宮雫は、そのままベッドの上でボカボカと枕を殴って、抑えきれない感情を発散する。


「勝手にベルの妹分とか名乗って……お姉ちゃんの妹は私だけなのに……!」


 今日は特にイベントがあるわけでもなく、いつも通りにFFOをプレイしてた。

 お姉ちゃんのレベル上げも結構進んで、この調子なら新エリア解放までには十分ティアとパーティを組める水準になりそうだって、内心ではちょっと喜んでた。


 そんな矢先に現れたのが、蛮族タンカーのボコミ。

 一撃重視の大剣やハンマー使いが多い蛮族にあって珍しく、盾と槍を使った防御重視のプレイスタイルで有名だったプレイヤーだ。


 ……いや、誤魔化すのはやめよう。ボコミが有名だったのは、その珍しいプレイスタイルだけじゃなくて、本人の言動によるところが大きい。


 ある日突然、私ことティアの前に現れて、ベースキャンプのど真ん中で「ティアお姉様! 動画を見て貴女に惚れ込みましたわ! 是非とも私をその魔法で容赦なく焼いてくださいましぃぃぃ!!」なんて叫ばれた時は、さすがにわけがわからなかった。


 いやうん、今でもわけわかんないや。

 ともあれ、そんなド変態が、何を思ったのかお姉ちゃんに決闘を申し込んだ。


 姉妹の座を賭けてって……私の姉妹はお姉ちゃんだけだし、ボコミを妹分だなんて認めた覚えもない!


 よっぽど焼いてやろうかと思ったけど、"ココア"だった私にそんなこと出来るはずもなく、結局はお姉ちゃんの決闘を見守ることに。そして、案の定お姉ちゃんが勝った。


 少し……いや、かなり頭おかしい勝ち方だったけど、それ自体は嬉しいし、誇らしい。お姉ちゃんが有名になるのも、いいことだと思ってた。


 でも、妹分だなんて絶対認めない。

 お姉ちゃんもお姉ちゃんだよ、あっさり受け入れちゃって……妹なら誰でもいいの!?


「むぅ~……お姉ちゃんのばか……」


 このままじゃダメだ。お姉ちゃんが有名になればなるほど、きっとボコミみたいに――さすがにあそこまで変態的ではないと思うけど――お姉ちゃんを好きになる子がたくさん出てくる。


 その時、お姉ちゃんがいつまでも私を一番に見てくれるか分からない。何とか、しないと。


「お姉ちゃん……」


 私は、お姉ちゃんが好きだ。

 どれだけ出来が悪くても、周りから浮いていても、いくら拒絶してしまっても、いつも一緒にいて……ありのままの私を受け入れてくれる、お姉ちゃんが好き。


 でも、そんなお姉ちゃんの優しさに甘えて、いつまでもダメな妹のままでいたら、きっと他の誰かにお姉ちゃんを盗られちゃう。


 だから……これからは、私の方から、お姉ちゃんを捕まえに行かないと。


「雫ー! 今日の晩ご飯は何がいいー?」


 お姉ちゃんの声がして、私はベッドから起き上がる。

 最近まで、お姉ちゃんと顔を合わせるのも気恥ずかしかったけど、もう一緒にデー……じゃなくて、お出かけまでしたんだから、家の中で顔を合わせるくらいなんでもない。部屋を出て、キッチンへ向かう。


 案の定、冷蔵庫の中を見てうんうんと唸ってるお姉ちゃんの隣に、さりげなく寄り添った。


「あ、雫、来てくれたんだ!」


「だって、何がいいって言われても、何が作れるのか見ないとわかんないから」


「あはは、それもそっか」


 中が上手く覗けないから、と言い訳しながら体を寄せ、さりげなくふれあう。

 お姉ちゃんの温かさを感じて、少し心臓が跳ねるのを感じながら、努めて冷静に冷蔵庫へ視線を送った。


 ……ぶっちゃけ、食材なんて見ても何が作れるか全然想像出来ない。肉と野菜があるんなら、適当に合わせて炒めれば野菜炒めになるんじゃない? 程度。

 でも、さすがにそれじゃあ適当過ぎるし……ええと……


「どんなのがいい?」


 困り果てた私に、お姉ちゃんは容赦なく問い掛けて来る。

 うぅ、自分の知識の無さを、これほど恨んだ日はないよ……! ここで答えられなかったら、今までと何も変わらない。

 ええと、ええと……!


「お……お姉ちゃんが作ってくれるご飯なら……なんでも、美味しいよ……」


 悩んだ末、口から出てきたのはそんな誤魔化しにもならない言葉だった。

 何言ってるの私は!? 何が食べたいか聞かれてるのに、これじゃあ「なんでもいい」と大差ないじゃん! 最悪だよ、まだ野菜炒めの方が良かったよ!!


「し、雫……! ありがとう! お姉ちゃん嬉しい!!」


「ふぎゅっ」


 そう思っていたら、お姉ちゃん的には嬉しかったようで、思い切り抱き締められた。

 嬉しいけど、なんか痛い……なんで?


「お姉ちゃん……いたい……」


「うん? あ、ごめんごめん、これ掛けてたの忘れてたよ」


 私の異変に気付いたのか、すぐに解放してくれたお姉ちゃんの首には、私が贈ったルビーのネックレスがあった。


「それ、ちゃんと着けてくれてるんだ……」


「当たり前じゃない、雫がくれたプレゼントだもん! それに、お守りならいつも着けておかないと意味ないからね」


 ふふん、と嬉しそうに笑うお姉ちゃんを見ていると、私まで嬉しくなってくる。

 するとお姉ちゃんは、いいことを思い付いたとばかりに手を叩いた。


「そうだ、ルビーに厄払いの効果があるなら、これを首に掛けた私が雫を抱けば、二人揃って幸せになれるのでは!? というわけで、雫、ぎゅー!!」


「ぷあっ、ば、ばか姉、そんな変な理屈はないっ、ただ自分が抱き着きたいだけでしょっ!」


「えへへー、バレた?」


 悪戯が成功した子供のように得意気な表情を浮かべ、私を抱いたまま離さない姉の奇行に、私はただ翻弄されるばかり。


 素直になろう、素直になろうって何度も思うのに、お姉ちゃんの直球過ぎる愛情表現を受けていると、恥ずかしくて全然気持ちを伝えられない。


 キラリと、ルビーの紅色が目の前で揺れたのを見て、私は小さく嘆息する。


「全く、お姉ちゃんがいつもそんなだから、私はこんな回りくどい形でしか……」


「うん? 何か言った?」


「なんでもないっ! それより、冷蔵庫開けっぱなしだよ、せめて早く閉じたら!?」


「あぁーー!! 忘れてた!!」


 私を離し、大慌てで扉を閉めるお姉ちゃん。

 本当に、変なところで抜けてるんだから……全く。


「お姉ちゃん、今日は出来るだけ簡単なのにして。……私も、手伝うから」


「えっ!? 雫が料理を!? だ、大丈夫? 火はないけど、包丁とか危ないんだよ?」


「て、手伝うだけなら平気だよ。まあ、簡単なことしか、出来ないだろうけど……ダメ?」


「全然!! いいよ、一緒にやろう!!」


 私の言葉で作る物も決まったのか、お姉ちゃんは鼻歌混じりに準備を進めていく。

 どうやら、今晩は餃子にするらしい。具材を切るのはやるから、混ぜるのと形を作るのを一緒にやろう、とのこと。


「るんるるんらら~ん♪ 雫と~、お料理~♪」


 わけわかんない鼻歌を歌い、終始ご機嫌なお姉ちゃんと一緒に、餃子を作る。

 ぶっちゃけ、ただ形を作るだけなのに、私とお姉ちゃんで出来上がった代物の完成度が雲泥の差なのは……もう、そういうものだって諦めよう。


 今は無理でも、いつかちゃんと出来るようになればいいんだから。


「ふふふふ」


「お姉ちゃん、さっきから笑いすぎ。ちょっと不気味だよ」


「うぐっ。だって仕方ないじゃん、雫とまた一緒にこうやって過ごせるの、嬉しくって」


「……ごめん」


 形になった餃子を焼きながらしみじみと呟いたお姉ちゃんに、私は俯きながらそう言った。

 お姉ちゃんが、そうやって過ごしたがってるのを分かってて、それでもずっと避けてたのは私のわがままだ。

 だから……


「雫が謝ることなんてないよ。誰よりも辛かったのが雫なのは分かってるから」


 ポンポン、と頭を撫でられて、私は目を逸らす。


 三年前、お父さんとお母さんが事故に遭った原因は、私にある。

 あの頃、私は今よりずっと病弱で、入院しがちだった。そんな私が、いつもみたいに学校で体調を崩して……お父さんとお母さんが、急いで迎えに来ようとして……途中で……


 だから、本当ならお姉ちゃんは、私を恨んだっていいはずなんだ。私がいなければ、今もお姉ちゃんは、お父さんやお母さんと一緒に暮らせていたはずだから。


 でも……あんなことがあっても、お姉ちゃんは私を変わらず愛してくれてる。


「お姉ちゃん」


「うん? なに?」


「いつも……ありがとう」


 きょとん、と目を丸くするお姉ちゃんから、私は思わず顔を背ける。きっと今、すごく真っ赤になってるだろうから。


「これからも、その……ずっと、私の……お姉ちゃんで、いてね……」


 我ながら、届くかどうかも分からない、消え入りそうな声。

 それなのに、今回はちゃんとお姉ちゃんの耳に届いたようで……三度、私の顔はお姉ちゃんの胸に押し付けられた。


「当たり前でしょ!! 私はこれからも、ずっとずっと……雫のお姉ちゃんだからね!!」


「むぐぅ……!!」


 息が詰まる抱擁に抗議の呻き声を上げながら、私はもう一度、自分で贈ったルビーのネックレスを見る。


 ルビーに込められた意味は、情熱、幸運、そして……変わらぬ愛情。

 いつも遠回しな私の気持ちも、これで少しは伝えられただろうか? 私も少しは、前に進めているんだろうか?


「ところでお姉ちゃん」


「んー?」


「……餃子、焦げてる」


「えっ。……あぁーーーー!?」


 お姉ちゃんの悲鳴を聞きながら、私は小さく吹き出して。


 その日の餃子は、私が今まで食べた中でも、とびっきり不恰好で、ぐちゃぐちゃで、不味かったけど……


 不思議と、他のどんな食べ物よりも、美味しかった。

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