第113話 鈴音の退院と快気祝い
「し~ず~く~! ただいまー!!」
私がうっかり過労でぶっ倒れてから二週間、私はついに退院し、家に帰ってきた。
というわけで、家に帰ってまずやることと言ったらただ一つ。
雫とのスキンシップだ。
「わわっ。……おかえり、お姉ちゃん」
蘭花と天衣ちゃんの送ってくれる動画のお陰でどうにか発狂せずに済んでたけど、やっぱり本物は全然違う。思い切り抱き締めて、全力で頬擦り。
うん、それでも足りない。キスもしちゃおう。ほっぺにおでこに、それから唇にも……ちゅーっ。
「んむっ! お、お姉ちゃん、美森さんたちの前で、は、恥ずかし……!」
「んん? あ、そうだった」
私としては、雫とは姉妹であり恋人同士なんだから、この程度のスキンシップはもはや呼吸にも等しいと断言するところだけど、蘭花はともかく美森さんはそんな事情を知らない。
果たしてどんな反応をされるのか、と二人仲良く振り向くと……
「あらあら、二人とも仲良しでいいわねー」
なんだか微笑ましいものを見守るかのような表情で見詰められていた。
うん、特に問題なさそうで良かった。じゃあもう一度しよう。
「鈴音鈴音、一応あんた病み上がりなんだから、いつまでも玄関でいちゃついてないで家の中入りなって」
「ああ、それもそうだね」
私としては、あまり病み上がりっていう感覚もないしへっちゃらなんだけど、みんなを外で立たせっぱなしっていうのもよくないよね。
というわけで、顔を真っ赤にした雫と手を繋いで家の中へ。すると、途端に良い匂いが漂ってきた。
「その、退院祝いに、私が作ったの……えっと、食べてくれると、うれしい……」
控えめなアピールと共に見せられたのは、テーブルに並べられた様々な料理。
ハンバーグに炒飯、ポテトサラダにトマトスープと、かなり豪勢な品揃え。病院食ばかりで食べ足りなかった私の思いを汲んだのか、非常にボリューミーなそれを見て、私は目を丸くした。
「これを、雫が、私のために……?」
「あ、えと、流石に一人じゃ無理だから、美森さん達にも手伝って貰ったし……それに、料理の基本は天衣とか、FFOの人達に教わったから、その……むぎゅっ」
「ありがとう雫、愛してる!!」
思い切り抱き締めながら、久し振りに愛を叫ぶ。
照れてるのか、胸に顔を埋めたままぽかぽかと殴られるけど、弱すぎて痛くもなんともない。
かわいい。
「蘭花も、美森さんもありがとうございました。お陰でまた二人で暮らせます」
「いいのよ、二人とも、もはや私の娘みたいなものだから。困った時は存分に甘えてくれれば」
「そうそう、特に鈴音は、もうぶっ倒れないように少しは自分の体調に気を配りなよ」
「あはは、うん、気を付けるよ」
雫をこれ以上泣かせたくもないし、これ以上雫がいない日常を送るのも無理だ。
もう、私の心も体も、雫なしじゃ生きられないよ……ああ、雫可愛い。天使。もう離さない。
「も、もう、いつまで抱いてるのっ、ご飯冷めちゃうから、早く座ってっ」
「むぅ、はーい」
そろそろ羞恥が限界だったのか、雫に押し退けられた私は名残惜しさを覚えながらも渋々とその体を離す……前に、はたと気付いた。
「お姉ちゃん?」
「いや、こうして抱っこしたまま食べれば離れずとも済むのでは?」
「いいから離れて座って」
「あ、はい」
きっぱりと雫に拒絶され、軽くショックを受けながら椅子に座る。
ぐすん、久し振りの雫の体、もっと堪能したかった……!
「ほら……か、代わりに、食べさせてあげるから」
「へぁ?」
そんな私の前に、小さく切り分けられたハンバーグが差し出される。
顔を赤らめながらも、退く気はないと言わんばかりに強い眼差しで見つめられて、私は思わず間の抜けた声が漏れた。
「ほ、ほらっ、まだ病み上がりだし、これからは私がお姉ちゃんのお世話してあげるっ! だからはい、あーん……!」
「あ、あーん」
勢いに押されるまま口を開けば、舌の上へと優しくハンバーグが添えられる。
パクリと閉じた口の中に広がる、デミグラスソースと肉汁の強烈な旨味。
うーん、最高!
「ど、どうだった?」
「うん、美味しいよ!」
「そ、そっか……えへへ、良かった……!」
お世辞抜きの率直な感想に、雫は照れ臭そうに笑う。
その姿があまりにも可愛らしくて、危うく鼻血が出そうなくらい興奮しちゃったけど、ギリギリのところで持ちこたえた。
こんなところでまた病院送りなんてごめんだよ。あの先生、「まだちょっと精神的にアレだから入院してってもいいんだよ?」なんて言いやがったし。次行ったらどれだけ拘束されるか分かったもんじゃない。
そりゃあね? 夜中に雫の写真見ながら変な笑い声を上げてたせいで、他の入院患者さんに幽霊と間違われて変な騒ぎを起こしたのは私が悪かったよ。
でも、別に夢遊病とかじゃないから! ちょっと寝れない時に雫の写真を眺めて妄想に浸るのは私の日課だから! 精神病と違うの!!
「お姉ちゃん?」
「ううん、なんでもない」
悪夢の入院生活を思い出して、プラスに振りきれていた感情をフラットに戻した私は、改めて平穏な心で雫と向かい合う。
「そう……? じゃあ、はい。あーん」
「あーん」
もう一度差し出されたハンバーグを食べながら、私は今ある幸せごと噛み締めるようにゆっくりと味わう。
「お姉ちゃん、もう一回……」
とはいえ、私ばっかり味わうのも不公平だ。
そう思った私は、三度差し出された雫の手に自分の手を重ね、「ほえ?」と可愛らしい声を上げる雫の口へと、フォークの先端を導いた。
「んっ、むぐ……!」
「あーんもいいけど、雫も一緒に食べよ? せっかく美味しいんだから、ね?」
「う、うん……美味しい、ね……」
フォークを口に咥えたまま、もごもごと同意するように頷く雫。
もう、ハンバーグが美味しいのは分かるけど、そんなにフォークをしゃぶってたらお行儀が悪いよ?
「あらあら、本当に仲良しねえ。私も旦那と結婚したばかりの頃は、こんな感じだったわぁ。久し振りにやって貰おうかしらね?」
「お母さんとお父さんがこんなことするの……? や、やめて。実の両親のいちゃいちゃを見せ付けられるとか、子供にとっちゃ拷問だよ」
私達姉妹の様子を見てか、美森さんはうっとりと過去に想いを馳せ、蘭花は露骨に顔を顰める。
夫婦仲が良いのは良いことなのに、もったいないなぁ蘭花は。
「あーもう、それより鈴音、例のイベントの件、準備は終わってるの?」
「うん、アーサーさんとの打ち合わせも全部済んだし、もう出来てると思うよ」
私の考えを読んだのか、露骨に変えられた話題に私も乗っかる。
夏休みに執り行われるレイドイベントについては、私も入院中に蘭花から聞かされた。
雫へのプレゼントの件も合わせてちょうど良かったから、視聴者のみんなへの感謝も込めて、盛大にやりたいところだね。
「アーサーとの打ち合わせ……? お姉ちゃん、私が知らないうちにアーサーと連絡取ってたの?」
「ほら、コラボの時に貰う予定だった賞品の件だよ。やっと完成したから、雫にも後で見せてあげるね」
「……分かった」
まだちょっとだけ納得いかないのか、「やっぱりアーサーは一度焼くべきか」なんて物騒なことを呟く雫に、苦笑を浮かべる。
また一つ成長して、それでも変わらず嫉妬深くて愛らしい妹の頭を優しく撫でながら、家で摂る久々の食事の時間は過ぎ去っていった。
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