第112話 叔父の試験と初めてのリアルフレンド

「……ふむ」


 一週間が経ち、叔父さんが家にやって来た。

 なぜか知らないけど、お姉ちゃんが入院期間延長になったこともあって、今は叔父さんと二人きり。正直怖い。


「どうやら、思っていたよりはまともな生活能力があったようだな」


 かちゃり、と、食べ終えたカレーのお皿にスプーンを置いて、叔父さんは呟く。


 今日はなんというか、叔父さんの試験の日。私がちゃんと一人でも生活出来るのか、お姉ちゃんと本当に二人でやっていけるのかを確かめる日だ。


 ひとまず料理の方は合格点だったようで、ほっと胸を撫で下ろす。

 でも、そんな私を叔父さんはじろりと睨んだ。


「まだまだ、課題もあるようだが」


「うっ……」


 そう言って叔父さんが取り上げたのは、学校から貰ってきた小テスト用紙。見るまでもなく、中々に酷い点数だ。


 いや、うん。これについて言い訳させて貰うなら、私って引きこもる前からそんなに成績良くなかったの。引きこもったから悪化したんじゃなくて、元からバカなの。だから許して……くれないか、はい。


 と、怒られる準備は万端とばかりに縮こまる私に向け、叔父さんは不意に少しだけ表情を和らげた。


「まあ、一週間程度でやったにしては上出来だ。それに……これを受けとるために、学校まで行ったんだろう?」


「……うん」


 叔父さんが口にしたのは、テストの点数そのものよりも、テストを受けられたという事実そのもの。私が、学校まで足を運んだという結果だった。


 もちろん……というか、クラスでみんなと一緒に、ってわけじゃない。事前に先生に連絡して、天衣さんについてて貰って、ただテストを受けて帰ってきただけ。


 それでも、ずっと引きこもってた私にとっては大きな進歩だ。叔父さんも、それは認めてくれるらしい。


「掃除や洗濯も最低限は出来るようだし、及第点と言ったところか。ひとまず、今すぐ連れて帰るというのはなしにしておいてやる」


「ほっ……」


「だが、俺の考えが変わったわけではない。鈴音が帰ってきて気を抜くようなら、何の意味もないからな。ひとまず、今度また来るから、その時までにしっかりと進歩しておくように」


「わ、わかった」


 また来るのか……と、ちょっとばかり憂鬱な気分になったのは、申し訳ないけど仕方ないことだと思う。

 いや、うん。私だって、今の生活は叔父さんが保証人になってくれてるから維持出来てるってことくらいわかってるし、その分感謝はしてるけど……怖いものは怖いんだもん。


「ああ、それと」


 そんな怖い叔父さんが、去り際に足を止めて振り返った。

 ちらり、と出口とは反対の扉に目を向けた叔父さんは、私ともう一度視線を合わせつつ口を開く。


「友人には、ちゃんと感謝しておけよ」


「うぇ、」


「では、またな」


 奇妙な呻き声しか出なかった私を残して、今度こそ叔父さんは帰っていく。

 それを見届けたタイミングで、たった今叔父さんが目を向けていた扉がガチャリと開き、天衣さんと成瀬さんが顔を出した。


「あの人、私達の存在に完璧に気付いてたよね。うん、さすがお姉さんの親戚、ハンパないスペックだよ」


「基礎スペックが高いのは鈴宮家の伝統だったりするんですの?」


「そんなことないと思う」


 実際、お姉ちゃんはともかく私のスペックは低いし。

 いや、ゲームの中ではかなり動ける自信はあるけど、リアルスペックはまさにもやし以下だよ。


「まあでも、良かったね雫ちゃん、叔父さんに認めて貰えて!」


「うん……天衣さんのお陰だよ、ありがとう」


 家事全般に関して、天衣さんは口で言うよりは大分出来が良くて、色々と教えて貰えた。学校に行くのだって、この子がいなかったら無理だったかもしれない。

 本当に、感謝してもしきれないよ。


「あのー、私は?」


「家事で全く役に立たなかったし」


「酷いです!?」


「冗談、勉強教えて貰えて助かった……ありがと」


 ガックリと肩を落とす成瀬さんにも、同じようにお礼を伝える。

 私もそうだけど、天衣さんも勉強はそんなに得意じゃなかったみたいで、最低限叔父さんに認められるレベルにまでなれたのは成瀬さんのお陰だ。その点は本当に感謝してる。


「う、うぅ……! 雫さんにそう言っていただけて、私感激ですわ!! 踏んでくださいまし!!」


「ボコミモードはほどほどにしてね」


 成瀬さん、基本的に真面目でキチッとした人なんだけど、時々感情が振りきれるとこうやってボコミらしい言動を始めるから困る。


 助けて貰ってるわけだし、踏むくらいしてもいいんだけど……さすがにリアルでやるのはちょっと。叔父さんとか美森さんにもし見られたらいろんな意味で詰む。


「でも、本当に感謝してるから……二人とも、何かしてほしいことがあるなら言って、私に出来ることならやるよ」


「一度でいいのでリアルで踏まれたいですわ」


「……後で、私の部屋でね」


 さすがに、部屋の中なら誰にも見られないでしょ。たぶん。


 やりましたわぁぁぁぁ!! なんて発狂してる変態をスルーして、私は天衣さんの方に顔を向ける。


「なにか、ある?」


「んー、私はそうだなー、特にないといえばないけど……」


 少し迷うような素振りを見せたあと、私の顔を見て少しだけ気恥ずかしげな表情を浮かべる。

 どうしたのかと首を傾げる私に、天衣さんは手を差し伸べてきた。


「これからも、友達でいてくれると嬉しいな? "雫"」


「……ん、いいよ。これからもよろしく、"天衣"」


 ぎゅっと手を握りながら、これからの関係を誓うように、お互いに名前を呼び捨てにする。

 なんとなく、私も気恥ずかしくなって視線を彷徨わせると、複雑な表情でこっちを見る成瀬さんと目が合った。


「……なんだか、雛森さんの純粋なお願いを見ていると、欲望全開な私が酷く薄汚れて見えるんですが」


「大丈夫、もう手遅れだから。今更変わらない」


「えぇ!?」


 ガーン、と再びその場に突っ伏す成瀬さん。本当にブレないな、この人。


 まあ、そんなことはいいや。それより今は大事な問題があるし。


「二人はそれでいいとして……視聴者のみんなはどうしたら喜ぶかな?」


 そう、直接顔を合わせた二人以外にも、今回はたくさんの人が私を助けてくれた。

 配信者として、何か少しでもお返しが出来たらいいんだけど。


「また元気に配信するところを見せたら、それで十分だとは思うけどねー」


「でも、それだけだとなんか……お礼って感じがしない。いつも通りだし」


「そう言うと思った。でもそれなら、時期も時期だしちょうどいいものがあるよー。雫は最近忙しかったから知らないだろうけど」


「ん?」


 天衣はそう言って、スマホの画面を私に見せてくれる。

 そこに映し出されていたのは、FFOの公式サイト。その、アップデート予定だった。


「そろそろ夏休みでしょ? それに合わせて、大規模レイドイベントがあるみたいなんだよね。"視聴者参加型配信企画"なんて、面白そうじゃないかな?」

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