第12話 朝の団欒と雫の秘密

「ふんふふんふふ~んっと」


 ボスゴーレム討伐から一夜明け、今日は月曜日。いつものように鼻歌を口ずさみながらの朝食作り。

 今日のメニューは卵雑炊。食べやすいように細かく切った野菜を柔らかく煮込んで、さっぱりしたトマトの酸味で食べやすいように味付けした自信作。

 さあ、これで今日こそは、雫を部屋から誘いだして……!!


『そこに置いといて。今日は待ち伏せとかしないでよ』


 はい、無理でした。

 いつものやり取りにしょぼーんと落ち込みながら、それでも私はいそいそと部屋の前にミニテーブルを並べる。


「じゃあ、また扉越しにお喋りしよ! ここで食べるから!」


『……学校、遅刻するよ』


「少しくらいなら大丈夫!」


 私がそう言うと、やがて諦めたような溜息と共に扉から小さな手が伸び、私が持って来た朝ご飯を手に引っ込んでいった。


「んふふ……あ、そういえば雫、昨日はココアちゃんのこと紹介してくれてありがとね。お陰で荒野エリアを攻略出来たよ。最後のでっかいボスゴーレムが中々強くてね~」


『聞いたよ。お姉ちゃんがバカみたいに突っ込むから、フォロー大変だったって愚痴ってた』


「うっ、それはその、ご迷惑おかけしましたというか……はあ、またFFOの中で会ったら謝らないとなぁ」


『別に、気にしてないみたいだからいいよ。初心者ってそんなものだし』


 カチャカチャとお皿を鳴らす音を響かせながら、雫はそう断言する。

 まるで自分のことみたいに言い切るその声色に、よっぽど仲良しなんだなぁと少しばかりジェラシーを覚えた。

 ぐぬぬ、私だって雫と仲良くお喋り出来るようになりたい……!


「で、でも、ボスゴーレムを倒したお陰で、新しいスキルが二つも手に入ったんだ。《マナブレイカー》と《パリィング》って言うんだけどね」


 《マナブレイカー》は、MPを消費して、(消費した数値)%分だけ威力を上昇させた必殺の一撃を放つ攻撃スキルだ。

 ただし、MPの消費は一瞬で終わるわけじゃなくて、一秒ごとに10ずつ、杖の先端にチャージしていくようなイメージ。二倍の威力を出そうと思ったら、十秒間は何もせず待機しなきゃならない。

 チャージ中に攻撃したりダメージを受けたりすると、効果が切れた上に消費したMPも失われる。挙句、スキルを使ったことに変わりないから、次の発動までCTが明けるのを待つ必要があって、中々ピーキーな性能してると思う。


 もう一つ習得した《パリィング》は、《魔術師》限定とかそういうわけじゃなくて、誰でも習得出来る汎用常時発動型パッシブスキル。その効果は、通常攻撃でもパリィが使えるようになり、相手の物理攻撃を無効化、ノックバックを発生させる強力なものだ。

 難点は、あくまで“通常攻撃”で防御してるわけだから、《マナブレイカー》と併用は出来ないこと。絶妙に噛み合わない。まあ、《マナブレイカー》のCTは長いから、使わずに腐らせることはないと思うけどね。


 ちなみに、それぞれの習得条件は、《マナブレイカー》が「ボスモンスターを杖による攻撃のみで倒す」ことで、《パリィング》は「パリィを十回以上連続で成功させる」ことだった。

 これ、《マナブレイカー》はともかく、《パリィング》は戦闘の途中で習得してるよね。殴るのに夢中で気付かなかったよ。


「これで、雫の出した森林エリアのフィールドボス撃破への道も大分開けたよ! あと少しだから、待っててね、雫!」


『別に待ってない。……でも、まあ、倒すだけならもう出来ると思うよ。三分切れるかは知らないけど』


「えへへ、そうかな? ありがと、雫」


 相変わらず素気ないけど、雫からお墨付きを貰えたことで、益々自信が湧いて来る。

 よーし、今日は学校から帰ったら、早速森林エリアに向かってみようかな? 荒野エリアの先にある山岳エリアに行こうかとも思ってたけど、森林エリアがどんなものか、一度味わってみたいしね。


 あ、そういえば。


「ところでさ、雫は普段、私じゃ行けないような場所で狩りしてるって言ってたけど、どこにいるの?」


『森林エリアの先にある樹海エリアの、更に奥。推奨攻略レベル40以上の湖畔エリアで遊んでるよ。ここは、多少無理をするにしても30レベルはなきゃ無理。でも、初心者はレベル20で一度上限になるから、そのタイミングで森林エリアのフィールドボスを倒してレベル上限解放クエストを達成しなきゃいけない』


「へ~、そうなんだ」


 レベル上限解放クエストかぁ、そんなのもあるんだね。今はまだレベル17だから、知らなかったよ。

 でも、そうか。わざわざ条件に森林エリアのフィールドボスを指定したのも、雫なりに最初に倒すべき敵を示してくれていたのかもしれない。ふふっ、だったら嬉しいな。


 まあ、それに気付かず、森林エリアより先に荒野エリアのフィールドボスを先に攻略しちゃったわけだけどね……あはは……。


「ってことはさ、昨日も雫はその湖畔エリアで遊んでたの?」


『っ! そ、そうだけど? それがどうかした?』


 何気なく、会話の繋ぎ程度の意味で問いかけたのに、なぜかやたらと動揺する雫の声。

 えっ、本当にどうしたの?


「いや、雫はどんなことしてたのかなーって。普段どんなことして遊んでるのかとか、気になるもん」


 昨日もそうだけど、私ばっかり話してて、まだ雫の話を聞けてない。話すのも楽しいけど、出来れば雫のことをもっと知りたいの。知り尽くしたいの。お姉ちゃんだからね。


『べ、別に、変わったことなんて何もしてない。エレイン……蘭花達とレベリングしたりとか、そんな感じ』


「へえ、レベリング……レベル上げることだっけ? なるほど……って、あれ? 蘭花って今、追試の最中でゲーム禁止だったような……」


『ああ~~!! ほら、そろそろ学校行かないと遅刻するよ!? ほら、さっさと行く!!』


「えっ、あ、うん」


 なぜかドンドンとドアを叩いてまで急かす雫に、これ以上は突っ込めないと悟った私は、手早く朝ご飯を片付けて立ち上がる。


「それじゃあ雫、お姉ちゃんが帰って来るまで、いい子で待っててね? 宅配便とか来ても、ちゃんとチェーン掛けておくんだよ?」


『もう、それくらい分かってるから! ……行って、らっしゃい。道中気を付けて』


 子供扱いされて怒ったのか、声を荒げながら……それでも、最後には私の身を案じてくれる優しい妹。

 それだけで、私の心は温かいもので包まれていくような感じがした。


「うん、ありがとう!」


 全く、雫は素直じゃないんだから。お姉ちゃんが好きなら好きって、言ってくれればいいのに。

 でも大丈夫。どれだけ冷たくされたって、雫が本当は寂しがり屋なのは分かってるから。

 だから、素直になれない雫の分まで、私が何度でも叫んであげる。


「雫、愛してるーー!! 行ってきまーーす!!」


「近所迷惑だからやめろばか姉ーーーー!!」


 家の外で叫んだ私に、窓を開けて雫が絶叫する。

 向かいの喫茶店から、そんな私達を微笑ましそうに見守る美森さんの姿が見え、雫は慌てて引っ込んでいった。

 雫が恥ずかしがるのを知ってて、わざわざ外で叫ぶのは意地悪が過ぎたかな? 可愛いからついやっちゃうけど、少しは自重しよう。まあ、明日になったらまたやっちゃう気がするけど。


 そんなことを考えながら、私は美森さんに挨拶しつつ、学校に向かって走り出す。


 さて、雫が待っていてくれてることだし、今日も学校なんてさっさと終わらせて、家に帰って……雫がいる場所まで、急いで駆け抜けますか!!

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