第21話 雫の独白②

「っ~~! あ~~もぉ……!」


 手に持っていたスマホをポイと投げ捨て、私――鈴宮雫はベッドの中に突っ伏した。

 バタバタと足を暴れさせる私の頭を過るのは、昨日成し遂げたお姉ちゃんのエルダートレント討伐の記録。

 そして、最後の最後にお姉ちゃんがぶん投げた爆弾発言と、たった今目にしたそれに対する掲示板の住民達の反応だ。


「もぉ、もぉ……! お姉ちゃんのばか、よりによって動画の中であんな恥ずかしいこと言うなんて……!」


 配信時間はたったの三分ちょいとはいえ、一度アップロードした以上そのままネット上に残る。おまけに、腐っても歴代最短討伐だから、いくら初配信の無名だろうとそれなりに伸びる。


 ましてや、リアルタイム視聴者が拡散なんてやろうものなら、余計に。


「あれ、絶対蘭花さんでしょ……恨んでやるぅ……」


 あんな短いライブ配信を見に来れる人なんて、身内以外考えられない。

 そのせいで、掲示板の中じゃ私とお姉ちゃんの関係を邪推する声がいっぱい上がっている。

 何がキツいって、掲示板の連中が面白おかしく膨らませた妄想が、あながち間違いでもないのがキツい。

 誰だ、「ティアちゃんはグラマーなお姉ちゃんで、ベルちゃんは可愛い幼女なんだよなぁ、姉と妹逆じゃね?」って書き込みに、「お姉ちゃんが妹に似せたアバター作って、妹がお姉ちゃんに似せたアバター作ったんじゃね?」とか書いたやつ。


 その通りだよ、悪い!?


 いいじゃん、私だってお姉ちゃんみたいになりたかったんだよ! 別に変な意味なんて何もないから! 「お互いのこと好きすぎるだろこの姉妹w」とか変な邪推すんな!


「うー、うー……喉渇いた、飲み物……」


 チラリと枕元のペットボトルに目をやり、見事に空っぽという事実に肩を落とした私は、渋々ベッドから起き上がる。

 全く、こんな時はジュースがぶ飲みして憂さ晴らしするに限るよ。

 お姉ちゃんに見つかると(いきなり抱き着かれたり好き好き叫ばれたりで)面倒なことになるけど……まあ、今はそこそこ夜も遅い時間だし、大丈夫でしょ。


「そ~……」


 それとなく警戒しながら扉を開け、リビングに向かう。

 すると、驚いたことにまだ明かりが点いていた。

 もしやまだ起きているのかと、こっそり中の様子を覗いて……深くため息を溢した。


「まったく、お姉ちゃんは……」


 リビングでは、お姉ちゃんがソファに座ったまま寝息を立てていた。

 たぶん、少し休憩か何かするつもりで、そのまま寝ちゃったんだろう。


「無理しすぎなんだよ、いつも」


 バイトに家事に学校に、お姉ちゃんは本当なら子供が抱える必要がない苦労まで背負い込んで、いつも無理してる。

 本人は、自分がやりたくてやってるんだって言ってるし……昨日言ってた、今が幸せっていう言葉も……まあ、嘘じゃないんだろうなとは思う。

 でも、幸せなことと、無理してるかどうかは別問題だ。


「……ごめんね、お姉ちゃん」


 洗濯物の中から乾いたタオルケットを引っ張り出し、お姉ちゃんの上に被せる。

 こんなところで寝入っちゃうくらい疲れてるのに、私と遊ぶためだけにあんな記録を打ち立てちゃうなんて、本当に予想外だった。

 ゲームは私のたった一つの取り柄なのに、何でも出来るお姉ちゃんはそれすら私を超えていく。

 そんなのずるいって、悔しくて泣きそうな思いと同時に、やっぱりお姉ちゃんはすごいんだって、誇らしい気持ちも湧いてくる。


 本当、なんでこんなに、人の心って複雑なのかな。

 お姉ちゃんを支えてあげたいって願いながら、お姉ちゃんの優しさに甘えたいと思う自分がいて。

 何か一つでもお姉ちゃんを超えたいって願いながら、誰が相手でもお姉ちゃんに負けて欲しくないと思う自分がいて。

 どっちかにしてよと思いながら、結局今日も何一つ正直な気持ちを伝えられず、つっけんどんな態度で接してしまう。


 そんな自分が、大嫌い。


「お姉ちゃん……」


 だから……こんな時くらい、私も少しだけ、勇気を出したい。

 お姉ちゃんががんばって乗り越えてくれたから……私も、少しくらいは……ちゃんと、自分の気持ちを言葉にしたい。


「いつも……ありがとう……」


 自分で言ってて、顔から火が出るんじゃないかってくらい熱くなってきた。

 ああもう、ただお礼を言っただけなのに、どうしてこんなに恥ずかしいんだろう?

 眠ってるお姉ちゃん相手に言ったところで伝わらないって、誰が聞いているわけでもないって分かってるのに、なんでこんなにもむずがゆい気持ちになるんだろう?


「んん、しずくぅ……」


「っ!」


 そうしていると、不意にお姉ちゃんの声が聞こえてきて、びくりと体が跳ねた。


 もしかして、起きてたの?

 どきどきと騒ぎ立てる心臓を宥めながら、恐る恐る振り返ったけど、特に目を覚ましたわけじゃないみたい。

 だらしなく涎なんて垂らしながら、「うえへへ」ときもちわるい笑い声が漏れた。


「しずくぅ……すきぃ……」


「っ……」


 ああ、もう。

 本当にお姉ちゃんは、どうしてまたそういうことを簡単に言えちゃうの?

 私の気も、知らないで。


「ばか……」


 お姉ちゃんは、いつもいつも開けっ広げに私のことを好きだ好きだって連呼する。

 言葉通り、好いてくれてるんだとは思う。いくらなんでも、嫌いだったらこんな可愛げのない妹、さっさと見捨ててるはずだから。

 でも、それはあくまで、というだけだ。


 私の気持ちとは……違う。


「私ね、本当は、お姉ちゃんのこと……」


 のんきに眠るお姉ちゃんに体を寄せ、囁くように言葉を紡ぐ。

 小さい頃からずっと、お姉ちゃんは私のヒーローで、憧れのお姫様だった。

 誰よりも綺麗で、カッコよくて、優しくて……私が困っている時、辛くて泣いている時、いつも助けに来てくれた。

 お姉ちゃんは、知らない間に私が先に進んでたって言ってたけど、全然違う。

 私の方こそ、あの頃からずっと、お姉ちゃんの背中を追いかけて来た。

 誰よりも自由で、誰からも愛されるお姉ちゃんはきっと、これから先どこへだって行ける。でも、私には無理だったから。


 だから私は、証が欲しかったんだ。

 お姉ちゃんの傍にいていいんだって、これからもずっと一緒にいていいんだって信じられる、証が。


「だいすき、だよ……」


 だらりと伸ばされた手のひらに自分の手のひらを重ね、きゅっと指を絡ませる。

 どくんどくんと、さっきから心臓の音がうるさく騒いでばかりで、まったく収まってくれない。

 目の前に迫ったお姉ちゃんの整った顔立ちを見ているだけで、身体中が火照ったように熱くなっていく。

 いけないことだって分かってるのに、一度意識し始めた自分の気持ちが抑えられない。


「だから、私……これからは、ちゃんと……!」


 お姉ちゃんの寝顔を見つめながら、その距離がどんどん近くなっていく。

 やがて、お姉ちゃんの顔が視界に収まり切らなくなくなり、温かな体温を肌で感じられるくらい密着する。

 絡めとった指先に力が籠り、穏やかな寝息もはっきりと聞き取れるくらいになって……そのまま私は、お姉ちゃんの唇へ――




「はあ、はあ、はあ……」


 気付けば私は、自分の部屋に戻っていた。

 電気も点けない真っ暗闇の中、ベッド目掛けて迷わずダイブした私は、頭から布団をかぶってごろごろと転がり回る。


「……へたれ」


 ぼそりと、そう呟いて。


 結局その日、私は朝まで一睡も出来なかった。

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