第67話 風の強化と隠しエリア

 なぜか不機嫌になったティアを先頭に、新エリア攻略を押し進める最中、ポーン、とメッセージが届いた。


「おっ! 来たよみんな、新しいスキル!」


『おおー! ついに来たか!』

『風の新魔法! 《エアブロウ》の次はなんだっけか?』


「えーっとね、一つは《テンペスト》、説明文を読む限り、《ブレイズサイクロン》と同じ範囲攻撃系の風魔法……でいいのかな?」


「ああ、そんな感じだな。INT依存の正統派の魔法だぞ。一応、風の魔法らしく当てた相手の行動を阻害する追加効果があったりするんだが……」


「が?」


 含みのある言い回しに首を傾げると、ティアは苦笑を浮かべる。


「例によって、その効果範囲と数、どの程度の敵にまで通じるかもINT依存だから……お姉ちゃんだと、精々ゴブリン一体を数秒足止めするのが精一杯、かな?」


「よーし、この魔法は死蔵決定!」


『早いw』

『魔術師なら本当はすっごい使いやすい魔法なのにw』

『まあベルちゃんだし仕方ないね』


「そうそう、私の戦闘スタイルじゃ、こういうのが出ても仕方ないんだよ。というわけで、本命のもう一つ!」



スキル:エアドライブ

分類:強化スキル

習得条件:【魔術師】レベル20以上、《エアブロウ》にて距離一メートル以内の敵を一定数撃破。

効果:一定時間、ATK小アップ、物理攻撃に風属性付与。



『おーー!! やっぱり来たな風属性の強化スキル!』

『炎の方と効果重複するのかな? どうだろ』

『ていうか、なんかあっちと違って地味だな。ATKアップも小止まりだし』

『デメリット無い分効果控えめ?』

『無難だなぁ、属性付与がある以上使う場面は多いだろうけど』


 盛り上がるコメント欄。けど、今回は少しばかり落胆の声も。

 デメリットがないのはいいことのはずだけど、メリットが小さいのは確かに面白みに欠けるよね。せっかくピーキーな戦闘スタイルしてるんだし、いっそこのまま突き抜けたい感じはする。


「でも、まだ使ってみないと分からないんじゃない? せっかくだし、実験もかねてここでちょっと披露してみたら?」


「あ、それもいいね、やってみよっか」


 この前の《フレアドライブ》がいきなりボス戦突入でぶっつけ本番だったけど、普通はどういうものか試してからやるよね。うっかりしてた。

 今なら近くに敵対するモンスターもいないし、ちょうどいい。


「じゃあ、行くよ! 《エアドライブ》!!」


 発動と同時、《フレアドライブ》と同じくらいのMPがごそっと減り、構えた杖から風が巻き起こる。

 風はすぐに私を中心に渦を巻き、さながら嵐のように吹き荒び始めた。

 風なんて普通は見えないものだけど、ゲーム的な演出か、緑のエフェクトが混じっててちょっとカッコイイ。


「状態異常とかは……無さそうだね。お姉ちゃん、素振りしてみて」


「うん、それじゃあ、と……?」


「お姉ちゃん? どうかした?」


「いや、なんか今変な違和感が」


 ティアに言われた通り素振りしようとして、一歩踏み込んだ時。妙な浮遊感が体を襲った。

 なんて言うんだろう、水の中で動こうとしたとき、みたいな? あれよりは軽いけど……うーん。


「えいっ」


 違和感の正体を探るため、私は素振りよりも先にその場で軽く跳び上がってみた。

 すると、ほんの軽くジャンプしただけなのに、私の体がふわりと空へ浮かび上がる。


「う、うわ!?」


「ちょっ、お姉ちゃん!?」


 思わぬ大ジャンプに、私だけじゃなくティアまでもが驚いてぎょっと目を見開く。

 ひとまず体勢を整えて着地しようとするんだけど、上昇にしろ下降にしろ、やけにゆっくりとしか動かなくてすごくやりづらい。無重力状態ってこんな感じなのかな?


『おおお! これがエアドライブの追加効果? すげえ』

『AGI上昇って感じでもないな、浮いてるだけというか』

『むしろAGI下がってるまであるな、この動き』

『落下ダメージ無くなりそうだし、大分高い位置に飛んでる敵のところまで行けそうではあるけど……行けるだけで攻撃出来そうにないな、遅いし』

『というか、ティアちゃんの窓からだとちょっとスカートの中見え、見え』

『↑通報しました』

『絶対に見えない仕様になってるから諦めろw』

『いやでも見えないと分かってても見えそうだと覗きたくなるじゃん?』

『それは激しく同意』


「…………《ガイアウォール》」


『あぁぁぁぁ!! ティアちゃんの魔法でカメラの視界が塞がったぁぁぁぁ!!』

『まあ、妥当な判断』

『お前らなにしてんねんほんまにw』


 コメント欄が、真面目に考察する組と変態に分かれてめいめいに盛り上がりを見せている。

 うん、とりあえずティア、ナイス。というか、炎属性以外の魔法も使えたんだね、地味に初めて見たよ。


「でも、このままだと攻撃しづらいのは確かだし、どうしたものかな、本当に」


 ふわふわと地面に降りていきながら、私は困り顔で頭を捻る。

 うーん、まあとにかく、一度素振りしてみよう。この状態で上手く振れるのかだけでも確かめなきゃ。


「よい、しょぉ!!」


 掛け声一つ、空中で体を捻りながら杖を振り抜く。

 すると、周囲を渦巻く爆風の一部が杖に絡みつき、そのまま前方に向かって撃ち出されていった。


 えっ、なにこれ、まさかの遠距離攻撃!? すごい!!


『おぉ!? マジか、エアドライブこんな効果なんだ』

『遠距離攻撃……っていうほど射程長くも見えなかったけど、ド近接だったベルちゃんには有用だな』

『これはATKアップ効果が低くても仕方ない』


「だよね、これなら使えそう」


 パッと見た感じ、風の射程は杖の先端から三メートルくらい。

 ティアが使ってる普通の魔法は、さらっと十メートル以上飛んでいくことを思えば圧倒的に射程が足りないけど、今まで杖で殴るくらいしか選択肢がなかった私には大きな変化だ。


『でも威力の補正はATKそのままなのかね? パッと見魔法攻撃っぽいけど』

『杖自体の当たり判定と風の当たり判定が別枠なのかも気になるな』


「ああ、それは確かに気になるね。となると、また何かモンスター相手に試し撃ちしたいところだけど……」


 んんー、でも、敵モンスターのHPって、ゲージとして表示されてはいても詳しい数値が分からないから、威力の差が少し分かりにくい部分もあるんだよね。

 仮に魔法攻撃だったとして、DEFとMIND、属性の差でダメージの通りやすさも変わって来るから、出来ればそういった差異なく純粋なダメージを表示してくれる訓練施設のデコイ相手にやりたいところ。


 とはいえまあ、今は感覚として分かればそれでいいか。


「でしたら、私がデコイ代わりになりますわ!!」


 ようやく地面に足を着けながらそう思っていると、ボコミ自ら的になって検証を手伝うと申し出てくれた。

 鼻息荒く両腕を広げる姿を見るに、ほぼほぼボコミの趣味が目的だろうけど、HP特化でDEFにもMINDにもステータスを割り振ってないボコミは、デコイとしては確かに優秀だ。せっかくだし、やらせて貰おう。


「じゃあ、お願いねボコミ。とりゃあ!!」


「おうっふ!!」


 まずはその場で杖を振り抜き、風の遠距離攻撃から。

 撃ち出された風の一撃がボコミの体を強かに打ち据え、大きく仰け反らせると共にHPの一割ほどを掠め取る。


 ふむ、ボコミの膨大なHP量を思うと、これだけ削れるならちゃんと飛んでいく風もATKを元にダメージを決定してるっぽいね。


「じゃあボコミ、次は直接杖でぶん殴るよー、構えてー」


「ハアハア……これから人を殴るというのに、情け容赦なく急かし立てるこの感じ、たまりませんわ……!」


『なぜだろう、早くもボコミのこのテンションに慣れて来た自分がいる』

『ボコミはこういう生物なんだと認識して受け入れるのが一番早い』

『もはや人間扱いしてなくて草』

『前からゴブリン扱いじゃなかったか?』


「ゴブ……!? 流石にあんなのと比較されるのは納得いきませんわ! せめてオークあたりにしてくださいまし!!」


『いやそれどっちも大差なくないか?』

『基準がよく分からんな』


「オークの方がタンカーっぽいからですわ!!」


『いや草』

『一応タンカーとしての自覚あったんだなw』


 ガヤガヤと、私の傍に浮かぶカメラを見て抗議の声を上げるボコミ。

 まあ、私としてはゴブリンだろうとオークだろうと、これからやることに違いはないわけだけど。


「それじゃあオークちゃん、行くよー」


 お望み通り(?)オーク扱いしながらぶん殴ると、いつものように「はあぁん!!」と歓喜の声。先ほどと特に変わらず、一割弱のHPを奪い取る。

 ふむふむ、杖と風はあくまで共通の当たり判定みたいだね。両方当たったからダメージ倍っていうこともなし、と。


 ただ、一つだけ厄介なことが分かった。それは、


「ちょおぉぉぉぉ!?」


 殴った反動で、私の体があっさり後ろに弾き飛ばされたことだ。


「ちょっ、ベル!?」


 慌てて傍にいたエレインが反応して手を伸ばすも、自力で跳んだ時と違って無駄に速い私の飛翔速度には追いつけず、私の体はそのまま回廊の外、遥かなる天空へ。


 って、え?


「えぇぇぇぇぇ!?」


 たとえどこまで飛ばされたとしても、エリア外に出る前に境界にぶつかって止まると思ってたから、この流れは完全に予想外だよ!?


 更に都合の悪いことに、このタイミングで《エアドライブ》の効果も切れ、重力に引かれた私の体は真っ逆さまに落ちていく――


「お姉ちゃん!! だいじょう、ぶ……?」


「う、うん……何とか……」


 ――途中、回廊のすぐ下から張り出した小さな足場によって、私の体は受け止められた。

 焦った表情で下を覗き込んで来たティアに、ひとまず平気だと示すように手を振ってみせる。


『隠しエリアだったのか、ビビったw』

『回廊から落ちたら即死なんて言われたら、迂闊に雲の足場で上まで登れないもんなw』

『しかし狭いな、特に道が続いているわけでもなし、何のエリアだここ』

『採取用隠しエリアじゃね?』


 未だドキドキと高鳴る心臓(仮想)を抑えていると、視聴者さん達は元気に考察を進めていた。

 採取エリアね、ということは、近くにそれらしいものがあるのかな?

 そう思って辺りを見渡すと……おっ、あったあった。


「えーっと、《天空草》、換金アイテムだって」


 白い綿のようなものに縁どられた、青い花。

 なんとも綺麗だけど、詳細を見るにさして特別な効果はないみたい。残念。


『換金アイテムねえ、いくらになるんだか』

『もしかしたら何か重要なアイテムかもしれないし、しばらくとっておいた方がいいかもね』


「ん、分かった、そうしてみるよ。ところでさ」


 視聴者さん達に返答しつつ、私は《天空草》をインベントリにしまい込み……目の前に聳え立つ雲の崖を見上げる。


「これ、どうやって戻るんだろう?」


 死に戻りこそしなかったものの、落下ダメージが発生するくらいには高い位置にある元の場所。

 また《エアドライブ》を使えば戻れそうではあるんだけど、CTもそれなりだし……普通に戻る手段が用意されてそうなものだけど、一体どこにあるのか。


 白い雲の壁に白い梯子という、無駄に分かりにくい代物に気付くまで、私はしばし視聴者さん達と首を傾げるのだった。

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