第68話 お昼休憩といつかの少女

 スキルの実験中にうっかり吹っ飛んで隠しエリアに迷い込んだ私は、元の場所に戻るのに少し手間取ったりしつつ、《フレアドライブ》と《エアドライブ》の合わせ技も試してみた。


 その結果、どうやら《フレアドライブ》のダメージ補正は杖で直接殴った時にしか発生しないようで、《エアドライブ》とは少しばかり相性が悪いという結果に。


 《エアドライブ》発動中は杖で直接殴ると自分が吹っ飛んじゃうから仕方ないんだけど、両方同時発動してATK超アップ! みたいなことをやりたかった身としては、少しばかり残念だ。


『まあ、世の中そう上手くいかないってことだね』

『どっちのスキルも使いようによっては強いことに違いはないしな』

『それにまあ、吹っ飛ぶとはいえ一撃殴る分には両方補正乗るんだし、マナブレイカーの一撃必殺なら使えるタイミングもあるんじゃないか?』


「あー、それもそうだねー」


 私の必殺スキル、《マナブレイカー》は消費したMP分だけ一撃の威力を引き上げる。

 注いだMP量に応じてモーションが変わるし、段々連撃技っぽくなっていってる現状を見ると、これまた使ってみないと相性のほどは分からないけど……攻撃スキルのモーションは途中でキャンセルされないし、もしかしたらいけるかもしれない。


「ただまあ、その実験はまた今度だね。……いい加減、ボコミが色々と映せない状態になってるから」


 私が視線を向けるのに合わせ、カメラもまたそれに釣られてとある場所を映し出す。

 そこに転がっていたのは、腰を突き出すような恰好で地面に突っ伏し、危ないくらい息を荒げるボコミの姿だった。


「ハアハア……ベルお姉様に、今日、この午前中だけで何度甚振られたことか……! 満足ですわ……」


『本当に映したらダメな奴で草』

『誰かモザイク処理班を呼んで来い!!』

『もう手遅れですわ』


 ダメージを受けまくってお手玉されて、割と酷いサンドバッグ状態だったのに、なぜか嬉しそうなボコミ。

 うん、この子については深く考えたら負けな気がする。今後も程よく殴って喜ばせてあげよう、悪い子じゃないし。


 ……多分。


「っと、私のスキルの検証で大分時間使っちゃったね。そろそろ先を急ごう」


「んー、どうせだからここで一度休憩にした方がいいんじゃない? さっきベルが見つけたような隠しエリアは安全地帯になってるから、そこならログアウトも出来るし。私とかティアはともかく、ベルはお昼の準備もあるでしょ?」


「あー、なるほど」


 私がびっくりした以外に特に意味はないと思ったけど、隠しエリアにそんな使い道があったんだね。

 お昼の準備もしなきゃいけないし、エレインの言う通りここらで一度落ちるのもアリかも。


「ボコミ、どうするー? 一旦休むー?」


「そ、そうですわね、お姉様の苛烈な責めは最高でしたが、一度火照りを鎮めなければ腰が抜けて戦えそうにありませんわ」


「う、うん。えーっと、大丈夫?」


「全く問題ないのでむしろもっとやってくださいまし」


「あ、うん、はい」


 やっぱりボコミのことは心配するだけ無駄かもしれない。


「というわけでみんな、私達は一旦落ちるねー、再開は昼過ぎ、その時になったらまたコメント書くよ!」


『おつー』

『残りの攻略も楽しみにしてる』

『果たしてエアドライブをどう使って来るか』

『まあきっとどんなモンスターも虐殺される』

『確定事項』


 相変わらず私に対する認識が酷い。ドSじゃないってなんど言ったら分かるのかなこの視聴者達は? そろそろ本当に撲殺して回るよ? うん?


 でもまあ、それだけみんな私達の活躍を期待してくれてるってことで、そう考えれば悪い気はしないよね。

 新しく手に入った《エアドライブ》、正直あまり使い勝手の良いスキルじゃない気がするけど、こうなったらお昼の間に何か面白い活用法を考えておかないとなぁ。


「それじゃあ、またねー」




 というわけで、配信を終えた私達は再び隠しエリアに降下して、ログアウト。リアルに戻って来た。


「さーて、ご飯どうしようかな……」


 お昼は何がいいか、どうせだから作ったものをまた写真に撮ってアップしようかなどと考えつつ、キッチンへ向かって冷蔵庫の中を物色。


「ふむふむ……全然足りないね!!」


 うん、最近ゲームに熱中し過ぎて、買い物サボり過ぎた。これじゃあロクなものが作れない。


「雫、ごめーん! ちょっと買い物行って来るから、ご飯は少し待ってて!」


『分かった。気を付けて』


 部屋に向かって声をかけた私は、財布とカバンを引っ提げて大急ぎで近所のスーパーへ。

 あまり時間をかけたら雫に悪いし、パパっと買って帰らないと。


「あれ、お姉さんじゃないですか、お買い物ですか?」


「うん?」


 買い物かごを手に、ポイポイと食材を放り込んでいると、私に女の子が話しかけて来た。

 私と同じように買い物かごを手に、首をこてりと傾げるのに合わせて揺れるサイドテールが特徴的。

 どこか明るく人懐っこい表情を浮かべたその子を見て、誰だったかと首を傾げ……すぐに思い出した。


「あっ、あなた確か、前に一度公園で見かけた……」


「はい! 雛森(ひなもり) 天衣(あい)です。その節はお世話になりました!」


 ぴっ、と敬礼しながら挨拶する彼女は、以前雫と買い物デートをした日の帰り、木に登ったまま降りられなくなっていた子猫を気にかけていた、雫のクラスメイト(予想)だ。


 あれ以来一度も会ってなかったから忘れかけてたけど、まさかこんなところで出くわすとは思わなかったよ。


「たまたま通りかかっただけだから、気にしないで。あ、私は鈴宮鈴音、雫のお姉ちゃんだよ」


「はい、知ってます! 中学校の入学式の時、雫ちゃんと一緒に学校に来てましたよね?」


「えっ、そうだけど……よく覚えてるね?」


「ふふふ、私、一度見た人の顔と名前は絶対に忘れないのが特技なので」


「へえ~、すごいね」


 あまり意識することはないけれど、ちゃんと相手の顔と名前を覚えるっていうのは、人付き合いをする上では重要なスキルだ。

 年上にも物怖じせずに話しかける社交性の高さといい、なんとも友達の多そうな子だなぁ。


「それほどでもないですよ~。雫ちゃんは可愛いし、お姉さんも美人ですごいなーって、学校でちょっと話題にもなったので、覚えやすかったです」


「あはは、私はともかく、雫は超絶怒涛の可愛さだからね、当然か」


「ふふふ、お二人はすっごく姉妹仲がいいんですね~、私は一人っ子なので羨ましいです」


 ふふんと鼻を鳴らす私に、天衣ちゃんは可笑しそうに笑う。

 その後も適当に世間話をしながら店内を周り、やがてレジへとさしかかった。


「それで、雫ちゃんは元気ですか? いつも家の中にいると体調崩しやすいですから、ちょっと心配で」


「あはは、心配してくれてありがとうね。ひとまず大丈夫だよ、あれ以来外に出てないけど、最近は部屋に籠りっきりってわけじゃなくなったし」


「それはいいですね! 私、そのうち雫ちゃんとも一緒に学校通いたいです」


「うん、もしその時が来たら、よろしくね」


 私としては、雫が行きたくないなら無理に行く必要はない、と思ってるけど、それでも友達は出来るだけ作って欲しいから、行けるものなら行って欲しいという思いもある。


 もし、雫が自主的に学校へ行きたいと思うようになってくれたなら……その時は、こういう子がいてくれると心強い。


「ちなみに、雫ちゃんは普段家でどんなことを?」


「あー、基本的にゲームをたくさんやってるよ。ブログとか配信プレイとかもやってて、ぶっちゃけ私のバイト代より稼いでるみたいで……」


「えっ、なにそれ、すごいですね」


「うん、すごいんだよ。私も最近はFFOってゲームを一緒にやってるんだけど、中々追いつくのが大変でねー」


 レジの会計を進めて貰いながら、雑談を続ける。

 そして、私がFFOの話題について口にすると、天衣ちゃんはふと考えるような仕草を見せ……小さく、にこり。


「ふふっ、そういうことなら、私もそのうちお二人と一緒に遊べるかもですね」


「え? それってもしかして……」


「はい。私も実は、FFOプレイヤーなので」


 ニコニコと笑みを浮かべながら、会計が終わった物をカバンに詰めた天衣ちゃんは、一足先にスーパーの外に向かって歩き出す。

 そして、会計のために足を止めている私に向かって、いい笑顔で言った。


「それじゃあ、今度は学校じゃなくて、向こうで会うことになりそうですね。雫ちゃんにもそう言っておいてください、“撲殺魔女”さん?」


「へ……!?」


 直接その名を口にしたわけじゃないのに、なんで分かったの!?


 そんな私の疑問に答えることなく、天衣ちゃんはそのまま店外へ走り去っていった。

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