第42話 ドMタンカーと戦いの礼儀

 ボコミの槍から解き放たれた光の奔流を前に、私は素早くスキルを発動した。


「《マナブラスト》!!」


 弾かれた杖の先端をくるりと回し、照準を私へ。光の爆弾が炸裂し、衝撃で私の体を吹き飛ばす。

 そこに《空歩》を重ねて発動し、後先を一切考えない決死のダイブを敢行。ギリギリのところで効果範囲を離脱した。


 途方もない爆音と光を撒き散らしながら決闘エリアを仕切る透明な壁にぶち当たったその一撃を見て、私は肝を冷やす。


「これが、エレインの言ってた《蛮族》の必殺スキル……!?」


 ボコミが放ったスキル、《リベンジャーズブラスター》は、聞いた話の通りなら、それまで受けたダメージを威力に変換して放つスキル。

 詳細は分からないけど、私が全力で攻撃し続けて貯まったダメージ量はかなりのものだったはずだし、掠りでもしたらそこで終わっていたと思う。危なかった……!!


「今のを躱すなんて、やりますわね」


「っ!?」


 でも、ピンチはまだ終わってない。必殺のスキルが躱されたと知ったボコミは、微かな動揺も見せることなく突っ込んで来た。


「《パワースラスト》!!」


「くぅ!?」


 一瞬で迫り来る槍の穂先。

 弾くのは無理だと判断した私は、両手の杖を交差させて受け止める。


 激突と同時にエフェクトが瞬き、宙に浮いていた私の体はボールのように弾き飛ばされた。


「うぅ、強い……!!」


 大きく減った自分のHPゲージと、徐々に回復していくボコミのHPゲージを見比べて、思わず呻く。

 単純に残りHPの割合で比べれば私が有利だけど、こっちは《魔法撃》が終わった以上、減らすどころか現状維持も出来るか怪しい。それなのに、私は後二、三発掠ったらそれで終わりだ。


 はっきり言って、圧倒的に不利。でも……!!


「負けないよ……! 《マナブレイカー》!!」


 アクアスノウを構え、私も必殺スキルを発動する。

 連撃によって削り倒すのが難しいのは分かった。

 なら、こっちも最大最強のスキルで、一撃でそのHPを消し飛ばす!!


「そのスキルも知ってますわ! 《三連突き》!!」


 でも、そう易々と使わせてくれる相手でもない。私がスキル名を叫ぶと同時、防御を捨てたように速攻をかけられ、頭、胸、鳩尾と三連続の突きが襲い掛かる。


「くっ、うっ……!?」


「まだまだ、ですわ! 《ブラストチャージ》!!」


 頭を傾け、横にステップを踏み、それでも足りずに後ろへと跳ぶ。

 そんな私を追い縋るように、突進系のスキルが立て続けに繰り出される。


 出来れば、パリィで弾き飛ばしてそのまま反撃に移りたいところだけど、そんなことすればマナブレイカーが解除されちゃう。とにかく、今は回避するしかない。


「逃しませんの!! 《三連突き》、《五月雨突き》!!」


「っ……!!」


 回避に徹し始めた私に対し、立て続けに迫るスキルの乱打。

 私が反撃出来ないのを知っているからか、防御を捨てたように乱れ飛ぶ突きの雨嵐に、私は徐々に追い詰められていった。


 くぅ、これ以上耐えきれない……! いっそ、ここでマナブレイカーをぶっ放す? でも、今打っても威力が足りない、せめてMP200は使わないと……!!


 ――トンッ


 その時、背中に何か壁のようなものを感じ、私の背筋に悪寒が走る。


 ヤバい、決闘エリアの端まで追い込まれた!


「貰いましたわ!! 《グランドブレイカー》!!」


 ニヤリと笑みを浮かべたボコミが軽く宙へと舞い上がり、槍の穂先を真下に向けた。

 初めて見るスキルだけど、このタイミングで選択したんだ、範囲攻撃系に決まってる。

 多分、以前やり合ったクッコロさんの使う《グランドクラッシュ》と同じ、周囲に衝撃波を発生させるタイプの技じゃないかと予想。


 だとすれば、この状況で範囲外に抜け出せる唯一の道は……空だけだ!!


「やられて、たまるかぁーー!!」


 地面を蹴り、自ら槍に突っ込んで来た私を見て、ボコミは少しだけ目を見開く。

 スキルは便利だけど、こういう時、咄嗟に狙いを調整するのは難しいはず。

 迫り来る槍の穂先をじっと見詰め、ギリギリのところで身を捻る。


 鳴り響く心音を堪えながら、宙で私とボコミの体が交錯して――そのまま、ノーダメージですれ違った。


「今のを、躱すんですの……!?」


「今だ!! 《空歩》!!」


 ボコミがスキルを空振り、その衝撃で一瞬だけ硬直したのを見るや、私は足を突き出し、虚空の足場を蹴り飛ばす。

 強引に加速した落下の勢いを全て乗せ、MPを食らって光り輝く杖を振り上げた。


「くっ……!」


 そんな私の狙いに気付いてか、ボコミは槍を手放し、空いた手を眼前に掲げようとする。

 あの大盾じゃ間に合わないって判断だろうけど、無駄だよ。この一撃なら、その防御ごと打ち砕ける……!! 貰った!!


「喰らえぇぇぇ!! 《マナブレイ……」


 と、その瞬間。私の眼前を何かが通り過ぎ、頬を裂いて僅かなダメージを刻む。

 溜め込んだMPが霧散し、スキルが強制解除されたのを感じた私は、腕を振り抜いた格好のまま微笑むボコミを見て、何が起きたのかようやく悟った。


 今の、《投擲》スキル……!? 小さな投げナイフで、私の《マナブレイカー》をキャンセルされた!?


「ふふん、言ったでしょう? あなたのスキル詳細は既に把握していると!! もうあなたに打つ手はないはずですわ、これで私の……」


「どっせぇぇぇぇぇい!!」


「勝ぶげらっ!?」


 驚いたけど、なぜかそのまま得意げに語りだして隙だらけだった顔面に、私は全力で杖を叩き付ける。

 ボールのように跳ね飛び、反対側の壁に叩き付けられたボコミは、顔面を押さえながらフラフラと起き上がった。


「くっ、まさかスキルがキャンセルされたにも拘わらず、そのまま殴って来るとは思いませんでしたわ……あなた、どれだけ血の気が多いんですの? 切り札を欠いた今のあなたに、私を倒しきるだけの火力など出せないでしょうに」


「いや、それくらい当然でしょ? だって、まだ決闘は終わってないんだから」


 確かに、《マナブレイカー》は私の切り札だ。これを超えるダメージなんてどうやっても出せないし、MP残量の都合上、仮にCTが明けたところでもう次の一撃なんて使えない。


 《魔法撃》を使った猛攻すら凌がれて、気付けばボコミのHPゲージは今の一撃を合わせても九割近くまで回復されてる。正直、どうやったら勝てるか想像も出来ない。


 だけど、それとこれとは別だ。


「私達、一緒に遊んでゲームしてるんだよ? なら、どんな状況であれ最後まで足掻ききるのが、遊び相手への礼儀ってものでしょ?」


 私は今、ティアの姉妹の座を賭けて決闘してる。私にとっては自分の命を賭けてるに等しい状況だ。

 でもそれ以上に、私はティアの愛したこの世界ゲームを目一杯楽しみたい。ティアと同じ世界ゲームで、ティアと同じ気持ちを共有したいんだ。


 だから、


「私は逃げたりなんてしない。たかがゲームだからこそ、最後まで諦めずに足掻き抜く。だからボコミ、最後の瞬間まで、全力で私を殺しに来て。私はそれを、真正面からぶっ壊す!!」


 杖を構え、ふんすと鼻を鳴らして宣言する。

 そんな私を、ボコミは少しの間呆然と見詰めて……すぐに、笑い出した。


「あははは! そんなこと言う人、ゲームやってる中で初めて見たわ……全く、ゲームの中でまであの子と同じような言葉を聞くなんてね……」


「あの子?」


「ううん、こっちの話よ」


 僅かに顔を覗かせた普通の口調に首を傾げる私に、ボコミはそう言って表情を引き締めた。


「いいですわ、それなら私、全力であなたを叩き潰します。覚悟はよろしくて、ベル!?」


「上等だよ!!」


 再びお嬢様口調に戻ったボコミと、今度は獣のように獰猛な笑みを交わし合う。

 どっしりと構えるボコミに向け、私は再び突撃していった。

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