第75話 空飛ぶ翼竜と風の連撃

 空を飛び回るスカイワイバーンから、雷の雨が降り注ぐ。

 それを見るや、私達は素早く散開した。


「うわわわわ!!」


 落雷が雲の大地をえぐり、轟音が鳴り響く。

 次から次へと襲って来る雷をどうにかやり過ごし、好き放題攻撃してくれやがった怨敵を睨みつけてみるも、肝心のそいつは私の送る視線など知ったことかとばかりに、悠々とエリアの周りを旋回し始める。


 ひとまず被害ゼロで切り抜けたと安心したのも束の間、スカイワイバーンはぐるりと一周して再び私達に接近、雷のブレスを吐きかけ、またもやそのまま飛び去って行った。


「ぐぬぬ、降りて来ない……! ボスなんだから正々堂々戦えー!!」


「ベル、落ち着いて。《天空の回廊》はそういうところなんだから、諦めるしかないって」


「うぐぐぐぐ」


 エレインに宥められ、私はどうにか文句の言葉を飲み込んだ。

 確かにここは飛行型の巣窟、これまでも空に飛んだまま攻撃してくる相手は多くいた。


 でも、ああも大きく移動しながらとなると、いくら雲の足場があったって追い付くのは難しい。


「上まで登って、近付いて来たところを叩くしかないか?」


「でもティア、地上ならまだしも、あの狭い雲の上じゃ、回避と反撃を同時にやるのは難しいんじゃない? 盗賊の私ならなんとかなるだろうけど」


「オレの魔法なら地上からでも届く、けど……あの速さ相手だ、当たるかは怪しいな。炎魔法はそこまで速く飛ばねえし」


 エレインの懸念に、ティアは渋い表情。初見のボスが相手となれば、ティアもスムーズに攻略とは行かないみたい。


 なら、私も嘆いてばかりいないで、考えないと。

 運営の発表を信じるなら、このボスだって初心者に倒せるように考えられているはず。


 ……だけどうん、全く思い付かないね。誰でも出来るようなギミックがあるのかもとは思うけど、思い付かないならもういいや。


 いつも通り、正面からぶち破ろう。


「ねえみんな、私に一つ考えがあるんだけど」


『ベルちゃんのアイデア、だと?』

『また滅茶苦茶やるつもりだな? 俺は詳しいんだ』

『またボコミ打ち上げ花火か?』


「はーい話の腰を折らない! でもまあ似たようなものだよ」


「私の出番ですのね!!」


「うん、今回も私の避雷針になって貰うね。その上で一つお願いがあるんだけど」


「はい、何でも仰ってくださいまし!! 私を踏みつけたいでも罵りたいでもなんでも……」


「私を攻撃して」


「構いませ……え?」


 流石に予想外だったのか、ボコミのみならずティアやエレインまで意表を突かれたような顔をしている。

 そんな反応もまあ予想通り。でも、これは必要なことだから。


「半殺しくらいに、私を痛め付けて。手段はなんでもいいよ」


 私は誤解の余地がないように、ハッキリとそう言うのだった。




「全く、ベルはいつも突拍子もない行動ばっかり取るんだから……!」


 私に対して文句(?)を言いながら、エレインが雲の足場を蹴りつけて、空を舞う。

 そんなエレイン目掛け、スカイワイバーンは容赦なくその顎を開いて襲いかかる。


「おっとぉ! ベル、準備はいい!?」


「うん、いつでもいいよ!!」


「オッケー!!」


 準備が整うまで、ずっと囮役としてスカイワイバーンを引き付けて貰っていたエレインにそう伝えると、同じく雲の上――スカイワイバーンの飛行高度と同じ高さにいるこちらへと、一直線に向かって来る。


 それに釣られ、スカイワイバーンもまた大きく外回りしながら高速で突っ込んで来た。


 ガパリと開いた口内に、青白い火花が瞬く。

 よし、来る!


「ボコミ、お願い!」


「お任せあれですわぁ!!」


 エレインがギリギリのところで退避したことで、標的を私に変えて放たれた雷を、正面に立ち塞がったボコミが受け止める。


 幾重にも折り重なった雷撃の束がボコミのHPをゴリゴリと削り、それでも尚生き残った体を吹き飛ばさんと、スカイワイバーンはそのまま体当たりを仕掛けてきた。


「良い感じ……! ボコミ、ありがとう。ここからは私の番だよ!!」


「お姉様、そのHPでは掠っただけでも死にますので、お気をつけくださいまし!」


 私に注意を促しながら、ボコミもまた私の傍から退避。

 残されたのは、ブレスを吐き終えたことで一時的に体当たり以外の攻撃手段を失ったスカイワイバーンと……


 HPを限界まで削り、《背水の底力》を発動。限界までATKの値を引き上げた私だった。


 私の立てた作戦は、至ってシンプル。

 高速で飛んで来るスカイワイバーンに私の出せる限界火力を叩き込み、無理矢理地上へと叩き落とす。ただそれだけだ。


「さあ、勝負!!」


 既に《マナブレイカー》のチャージは済んでいて、その数値は400。上から下へ振り下ろすモーション三つで構成されたこの攻撃を、《エアドライブ》の効果で飛ばしながら迎え撃つ。


 スキルによる攻撃は、途中でキャンセルが効かない。もし失敗すれば、そのまま突進をまともに受けて即死に戻り確定だ。


 我ながらギャンブル臭いやり方。AGIの低い私じゃ、《俊人の丸薬》を使って尚、攻撃が三発間に合うかどうかは微妙なライン。コメント欄でも、本当に出来るのか疑問の声は多かった。

 だけど一方で、そんな私を笑う声は一つもなく、むしろどこか期待するような言葉をかけて貰えたんだよね。


 その期待に応えるためにも――そして何より、ティアとの初めての配信プレイを、誰の記憶にも残る最高の思い出にするためにも。


 絶対に、成功させてみせる!!


「《魔法撃》、《マナブレイカー》ぁぁぁぁ!!」


「グオォォォォ!!」


 私の気合に応えるように、スカイワイバーンが咆哮する。


 迫り来る巨体をしっかりと見据え、まずは一撃。放たれた風の砲弾が鼻先ギリギリに当たったものの、それくらい何のそのと突っ切って来る。残り三メートル。


 二撃目。今度は一瞬だけ怯んだのか、突進の勢いが少し緩んだ。でも、まだ止まらない。残り二メートル。


「これ、でぇ……!!」


 ぐるりと体を縦に回転させ、杖の先端へとたっぷりの遠心力を上乗せする。

 眩いスキルエフェクトが辺りを照らし、死に物狂いで突っ込んで来るスカイワイバーンと激突した。


「どうだぁぁぁぁ!!」


「グオォォォ!?」


 ラストの三撃目。渾身の力を込めた杖が直接脳天へと叩き落とされ、スカイワイバーンは空中でバランスを崩す。

 突進の勢いも、飛行し続けるだけの揚力も失ったその巨体を、私は振り抜いた杖の勢いで地上へ向けて叩き落とした。


 攻撃の反動で、私の体は滅茶苦茶上空に跳ね上げられちゃったけど……後はエレインが助けてくれると信じて、私は地上で待つ最愛の妹へ向けて叫ぶ。


「後はお願いっ、ティアーー!!」


「任せろ、お姉ちゃん……!!」


 ズズンッ!! と、スカイワイバーンの巨体が地面に叩き付けられる。


 無防備に横たわり、残りHPが僅かに一割ほどとなったその体に向け、ティアは容赦なく最後の言葉を口にする。


「これで終わりだ……! 《インフェルノ》!!」


 ティアの杖から放たれた炎の息吹が、スカイワイバーンを飲み込んで。


 《天空の回廊》初めてのフィールドボスは、こうして打ち倒されたのだった。

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