第74話 変態顔とフィールドボス
配信カメラの前で弱気な態度を見せたことで、ティアが羞恥に悶えたりなんだったりという事件を経ながらも、謎の暴風エリアを突破した私達は順調に攻略を押し進めた。
スモーグの奇襲やブレイドバードの飛ばす羽をやり過ごし、各々の手段で以て反撃に出る。
ボコミが受け、私が迎撃し、エレインがサポートしながら、ティアがトドメ。
パーティ内の役割分担がしっかりと固まって来たことで安定感が増し、サクサクと先へ進んでいく。
途中、何度か暴風エリアがあったけど……うん、コメントでからかわれて、羞恥にぷるぷる震えながらもしっかりとしがみついてくるティアは最高に可愛かったと言っておこう。スクショもこっそりしておいた。ぐへへ。
『この姉清々しいほどに欲望に素直な顔してやがる』
『今スクショしたろw 見てたぞw』
『やっぱりボコミと同類だな……将来有望な幼女である』
『どんな将来だw』
「お姉ちゃん……消せ」
「えぇ!? そんな、私の妹コレクションに加えるに相応しい至高の一枚なのに! これだけは許して! 代わりに私のこといつでもどこでも何枚でも撮っていいから!!」
「…………許す」
「やったー!!」
ぐふふふ、やっぱり"ベル"のアバター作りに拘ったのは正解だったね! これで私も合法的にティアの写真撮り放題だよ!
『ちょろい』
『チョロ妹』
『お姉ちゃん大好きかよ可愛い』
『かわいい』
「うっさい焼くぞ」
私が喜んでいるのを余所に、ティアと視聴者さんは大盛り上がり。
地面に降りたことで強気な態度を取り戻した妹を微笑ましく見守っていると、音もなくボコミがすり寄ってきた。
「お姉様ぁ! 私も何をしてくださっても構いませんので、どうかその御姿をスクショで撮らせてくださいまし!!」
「別にいいんだけどさ、なんで地面に這いつくばって撮ろうとしてるの?」
「それはもちろん、私を容赦なく踏みつけるお姉様の嗜虐に満ちた表情を撮りたいからで……んあぁぁぁ!! 顔面を踏まれるとスクショが上手く撮れませんわぁぁぁぁ!!」
「いやうん、撮れても困るから」
仕様上絶対見えないようになってるとはいえ、流石にそのアングルで撮られるのは恥ずかしいからね?
というわけで、どこまでいってもブレないボコミを踏んづけて、ぐりぐり。でもなんか嬉しそうだ。
うん、この生粋の変態と妹を想う私の顔が同列だなんて、そんなことあるわけないよね。失礼しちゃう。
「じゃあ、いまいち自覚がないベルにはこの画像を見せてあげよう」
「画像?」
そんな風に思っていたら、エレインが保存された画像フォルダから、とあるスクショを表示させ、私に見せてくれた。
そこに映っていたのは、つい今しがた、私がティアを撮影していた時の顔。鼻の下が伸びてなんか気持ち悪いことになってる。
そのまま、私は足元に転がるボコミの表情を見て……うん、なるほど。
「私、こんな顔してたのかぁ……あの子が私にいつも枕投げつけて来る理由が分かっちゃった気がするよ……思わず殴りたくなるよね、この顔」
「んほぉ!? なんだかよく分かりませんがお姉様の踏みつけが強くぅぅぅ!!」
足の下で歓声を上げるボコミを見つめながら、次からは気を付けようと心に誓う。
……いや、無理な気がするけど。だって妹の前で欲望を抑えるなんて無理じゃない?
えっ、それがボコミと同類って言われる理由だって? ガーン。
「ほらみんな、じゃれ合うのもいいけど、いい加減ボスが出て来ると思うから、気を引き締めてねー」
「はーい」
エレインにそう声をかけられ、私達は再び歩き出す。
確かに、ティアが「そろそろボスが来そう」と言ってから更に進んでるわけだし、ここまで来るといつボスと相対することになるか分からない。
そう思って、気を引き締めつつ歩くことしばし。ついに、その時はやって来た。
「ここは……」
到着したのは、回廊の途中でぽっかりと口を開けるように存在する大きな広場。
単に広いだけでなく、塔の横から不自然に張り出した雲が足場になっているのもあって、遮るものが一切ない満天の青空が広がっている。
こうなると、益々今いる場所が地上から遠く離れた天空なのだと意識させられて、ちょっぴりの恐怖と大きな解放感が心を満たし、何だかワクワクしてくるね。
ただ、そんなワクワクを吹き飛ばすかのように、そいつはいた。
『来たか』
『こいつがフィールドボス? 初公開かな』
『強そうだな』
まず目につくのは、全身を覆う群青色の鱗。
前足はなく、後ろ足でガッチリと支えられた巨体には一対の翼が生えていて、凶悪そうな頭が不審げに周囲を見渡す。
爬虫類独特の鋭い眼が、その場に現れた私達を捉える。
足を踏み変え、正面から向き直ったそのモンスター――スカイワイバーンは、侵入者である私達へ向けて咆哮を上げ、それに呼応するようにエリア全体に風が吹き荒れた。
「行くぞ! ボコミ、真っ直ぐ突っ込んでヘイト稼げ、エレインも
「分かりましたわ!!」
「了解!」
「分かった!!」
ついに始まった、《天空の回廊》のフィールドボスとの戦闘。ティアの指示で、各員それぞれ動き出す。
と言っても、私はまだやることはないね。うっかり死に戻りしないように観察して、踏み込めそうなタイミングを見極めないと。
「いっきますわよ!! 《ブラストチャージ》!!」
AGIが低いボコミが、スキルの力でぐんっと加速。構えた槍をスカイワイバーンの胴体へと突き立てた。
ダメージはそれほどでもないものの、青い翼竜は完全にボコミを標的と認めたようで、ギロリと足元を睨みつけ……その場で足を踏ん張り、大きく回転。後ろについた長い尻尾を、ボコミ目掛け振り抜いた。
「ぬおぉぉぉ!! この程度、ベルお姉様の打撃に比べれば全然気持ちよくないですわぁぁぁ!!」
流石に今回ばかりはフィールドボスとの戦いだからか、ボコミも生身で受け止めるようなことをせず、迫る尻尾を盾でガード。ガリガリと地面を引きずられながらも、しっかりと受けきった。
本当、真面目に戦う分には頼りになるんだよね、ボコミって。
『ボコミがちゃんと盾役として働いてるところ、初めて見た気がする……』
『何言ってんだ、最初からずっと囮こなしてただろ』
『囮ではあったけど、盾が役に立ったの初めてな件』
『そういえばそうだな……大体ベルちゃんに吹っ飛ばされてたし』
『盾役|(ベルちゃんのサンドバッグ)』
「まるで私が虐めてたみたいな言い方やめてもらえる!?」
いや、確かに今回、ボコミが受けたダメージってほとんど私からの攻撃だけどさ!
……うん、自分で言ってて中々酷いねこれ。終わったら少しは優しくしてあげようかな、ボコミにも。
「よっ、ほっ!!」
そんなことを考えている間に、死角へと回り込んだエレインが手にしたクナイを次々とスカイワイバーンへと投げつけていた。
一本一本のダメージは少ないものの、頭、首、翼、足、胴体、尻尾と順番に突き刺さり、最後はジャンプしながら背中にも投げつける。
「んー、頭も悪くないけど、一番ダメージが良かったのは首かな? 逆鱗って奴かもね」
「了解、お姉ちゃん、《マナブレイカー》お願い、一緒に叩き込むよ」
「分かった、任せて!」
ティアの指示を受け、《マナブレイカー》のチャージを開始。前の方でボス相手にタコ殴りにされながら踏ん張ってるボコミを観察しつつ、飛び込む機会を窺う。
最初に見せた尻尾の攻撃が一番効果範囲も広くて危険かな? 他には、首を振り回しながらの噛みつき、体全体を投げ出すような突進と……うわっ、青白い雷みたいなのを口から吐いてる!? ブレスって奴かな、かっこいいね!
「……よし、溜まった! 行って来るね、ティア!」
「気を付けてね」
MPを600以上消費して、最大威力は担保した。後はこれを、弱点らしき首元へ叩き込むだけ。
心配そうなティアの声を背中に受けつつ、スカイワイバーンへ向け猛然とダッシュ。
ボコミが散々囮になってくれてるから、攻撃パターンも概ね把握したし、隙が生まれる瞬間も分かってる。
これなら、気を付けるまでもなく楽勝だ。
「グオォォォ!!」
「ふんぐぅ!! ほらほらどうしましたの!? 曲がりなりにも翼“竜”を名乗るのであれば、私をもっと散々に甚振ってみせなさいなぁぁぁぁ!!」
滅茶苦茶煽りながら一方的に嬲られ続けていたボコミが体当たりによって大きく弾かれ、両者の間に距離が生まれる。
そこを埋めるように、スカイワイバーンの口に青白い火花が散り始め……よし、今だ!!
「そこぉ!! 《魔法撃》、《マナブレイカー》ぁぁぁぁぁ!!」
スカイワイバーンが雷のブレスを吐くために足を止めているタイミングを見て、一気に懐へと飛び込みながらスキルを解放。
溜まりに溜まったMPが爆発するかのように眩いエフェクトを撒き散らし、私の体がひとりでに動く。
踏み込んだ足を軸に、全身で回転。ぐるぐると横に回転しながら、六倍以上の威力を誇る杖を叩き付けていく。
一撃、二撃、三撃、四撃……
「グオォォォ!?」
度重なるダメージによって一気にHPを削り取られ、スカイワイバーンがたたらを踏む。
怯んだその隙に、私の体は更に一歩奥へと踏み込み、何度も回転する中でついた遠心力の全てをたっぷりと杖に乗せると、渾身の一撃を繰り出した。
「うおりゃぁぁぁぁ!!」
斜め下から、かちあげるように無防備な首元へ。六倍威力の五連撃、三十倍ダメージ。
一気にごっそりとHPを失ったボスだけど、当然これで終わりじゃない。
「お姉ちゃん、離れて!」
「うん!」
スキルのシステムアシストから解放されるや、私はその場で前転。スカイワイバーンを挟んで、ティアの反対側へと逃げ延びる。
その瞬間、詠唱待機状態だったティアの構える杖から、紅蓮の炎が巻き上がった。
「《インフェルノ》!! 《エクスプロージョン》!! 《クリムゾンバースト》!!」
解き放たれるは炎の津波、灼熱の爆炎、紅蓮の砲撃。
空間を焼き焦がさんばかりに押し寄せる炎の連打が、さながら炎竜の顎(あぎと)のようにモンスターを飲み込んでいく。
私に負けず劣らずの、超火力。二人合わせて六割近いHPを一度に失ったスカイワイバーンは、そのままぐらりと体を揺らし……
「グアァァァァァ!!」
「っ!?」
天に向かって、咆哮を上げた。
音それ自体が圧力を持ったかのような轟音によって、すぐ近くにいた私とボコミはその場から動けなくなる。
バチバチと全身から火花を散らし、その瞳に怒りの炎を湛えたスカイワイバーンが、ギロリとこちらを睨みつけた。
やばっ、来る……!?
「グオォォ!!」
「えっ……?」
けれど、硬直している私達を狙うでもなく、スカイワイバーンはその翼を広げて飛び立ってしまう。
一体どういうことかと目を見開く私に、ティアが慌てた様子で口を開いた。
「お姉ちゃん、ボコミ、油断しない! 来るよ!」
大空へと舞い上がったスカイワイバーンは、私達の手が届かない高空でくるりと身を翻し、急降下。
地上にいる私達へ向けて口を開け、蒼白の雷を解き放つのだった。
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