第76話 愛情と特別

「ふぅ……」


 FFOからログアウトした私は、VRギアを外してベッドの上で一息吐く。


 時刻は既に夜の十九時。お姉ちゃんが晩御飯を作らなきゃいけなかったことと、スカイワイバーンを倒した先に進むべき道が見つからなかったこともあって、一旦天空の城下町に戻って情報収集することにしたんだ。


「お姉ちゃん、悔しそうだったな」


 どうせなら、お城に殴り込みを仕掛けるところまで情報なしで突っ走ってやりたかったのにと、地団駄を踏むお姉ちゃんの姿を思い出す。


 本当、ゲームをしてる時は私より子供っぽいんだから。

 まあ、そういうところも可愛いし……普段はあまり見られないお姉ちゃんの一面が見られて、私としては大満足。


 ……スクショもたくさん集まったし。


「うへへ……」


 スマホから自分の画像フォルダを呼び出し、そこに並んだお姉ちゃんの画像をひたすら眺める。


 可愛い、可愛い……! 視聴者コメントに怒っている姿も、必死に戦っている姿も、上手くいって大喜びしている姿も全部可愛い。

 もういっそ、この画像をプリントアウトして部屋に貼りまくりたいくらいだ。


 いや、やらないけどさ。お姉ちゃんにそんなとこ見られたら恥ずかしくて死ねる。


『雫ー、ご飯出来たよー!』


「ん……今行くっ!」


 お姉ちゃんの画像を眺めている間に、思ってたより時間が過ぎていたらしい。リビングに向かって、お姉ちゃんの対面に座る。


「いやー、まさか道が途切れてるなんてね! なんか光みたいので行くべき方向だけ分かるようになってたけど、足場がなきゃ流石にね。運営さんも意地悪なんだから全くもう」


 ご飯を食べ始めれば、すぐさま始まるお姉ちゃんのマシンガントーク。

 悔しそうに語りながらもその表情は楽しげで、お姉ちゃんも大概FFOにハマってるんだってよく分かる。


「うん? どうしたの雫?」


「ん……お姉ちゃんが楽しそうで、なんかいいなって」


 お姉ちゃんはいつも明るく笑ってたけど、それは私のための……私に心配をかけないための笑顔だった。

 それが、今は自然と、本当に楽しそうに笑えてる。

 たぶん、無意識なんだろけど……それが嬉しい。


「えへへ、そりゃあもう、雫とこんなにお喋り出来て、楽しくないわけないじゃん! 今日はたくさん一緒にゲーム出来たし、私は世界一幸せ者だよぉ」


「大げさ過ぎ。それに、一緒にはやれたけど、お姉ちゃんはほとんどボコミに構ってたじゃん。このドS」


「し、雫までそれ言う!? 私はドSなんかじゃないってば!!」


 ついいつものノリでツンとした言葉を吐けば、慌てたようなお姉ちゃんの言葉。


 実際、お姉ちゃんの戦闘スタイルを思えば、ボコミと相性が良いのは当たり前。二人の連携の仕方はちょっと……いや、かなり変だけど、そうなるのも自然と言えば自然だ。


 みんなで攻略したボス戦闘も楽しかったけど、やっぱりちょっとだけ悔しいから、つい意地悪なことを言っちゃう。


「最後だって、ボコミに自分を攻撃させて……あの絵面、だいぶやばかったよ?」


「そ、それは否定できない……!」


 最後の攻防、お姉ちゃんはATKを引き上げる《背水の底力》を発動するため、ボコミに自分を攻撃させたんだけど……


『ほら、早くやって! エレインがもたないから!』


『分かっております、分かっておりますけれど……! あ、あぁぁぁ!! 無防備なお姉様を一方的に甚振るこの感覚……! 私、私……! 新しい扉を開いてしまいそうですわぁぁぁぁ!!』


 涎垂らして、息を荒げながらお姉ちゃんに槍を突き刺すボコミの姿は、どこからどう見ても犯罪者だった。


 ……うん、今思い出しても、咄嗟にボコミを魔法でぶっ飛ばさなかった私の自制心を褒めてやりたい。

 正直、止めた方が正解だった気もするけど、あれのお陰で勝てたのも確かだし、なんとも言えないもどかしさが……うーん。


「エレインともすっごく息ぴったりだったし、ココアとも恋仲だなんだってネットで騒がれてるし……お姉ちゃんの、女たらし」


「ぐっ……!? ま、まさか女の身で、実の妹にそんなこと言われる日が来るとは思わなかったよ……!!」


 私の一言がよほど堪えたのか、がっくりと項垂れるお姉ちゃん。

 否定しないんだ、と呟けば、「違うから!!」と必死の叫び。


「私にとって一番大事なのは雫だから!! それだけは何があっても変わらないから!!」


「ほんとに……?」


「本当だよ!!」


「じゃあ、証拠見せて。私が一番だっていう証拠」


「えっ」


 お姉ちゃんの言葉は信じてるけど、ついそんな意地悪なことを言ってしまう。

 我ながら性格悪いと思うけど……やっぱり、欲しいんだ。


 私だけが貰える、お姉ちゃんの特別が。


「えーっと、ほら、こうやってご飯作ってあげるし!」


「蘭花さんにも作ってあげるよね、時々」


「抱き着いたり……あと添い寝とか!」


「それも蘭花さんとしてるよね。お泊まりの時一緒の布団で寝てるし、ただの友達同士にしては仲が良すぎるくらい」


「な、撫でたり膝枕したり……」


「ココアにもしたよね。キスまで受け入れてたし」


 じーーっと見つめると、お姉ちゃんは面白いくらいに焦り出す。

 まあ、ココアは私なんだけど、それをお姉ちゃんは知らないはずだし。そう考えると、私にしかしてくれないことって案外少ない。


 ……自覚するとなんか寂しい。当たり前だけど、お姉ちゃんにとって私はただの妹なんだなって。


「う、うー……じゃあ雫はどうして欲しい? 何をしたら信じてくれる?」


 本気で困った顔で、お姉ちゃんは私に尋ねてくる。


 ……お姉ちゃんは自分の気持ちに素直だし、愛情表現にストッパーがない。

 身内だって思った相手にはとことん甘いし、これからもきっと、お姉ちゃんを好きになる人は増えていく。


 だから……お姉ちゃんを繋ぎ止めるためにも、絶対に譲れないものを先に貰わなきゃ。


「じゃ、じゃあ……キス、して」


「へ?」


「お姉ちゃんから、私に!! キス、して……!!」


 勇気を振り絞って、私は欲しいものを突きつけた。

 予想外だったのか、呆然とするお姉ちゃんに、私は必死にまくしたてる。


「お姉ちゃんは、私だけのお姉ちゃんだから! だから、これから先も、お姉ちゃんがキスしていいのは私だけ!! それで、ずっと、一緒に……!?」


 私が言い終わるよりも先に、お姉ちゃんに抱き締められる。

 驚く私が固まってる間に、ちゅっ――と、小さな水音。


 唇に触れた柔らかな温かさに目を丸くしていると、いつものようににっこりと笑うお姉ちゃんと目が合った。


「いやー、まさか雫からそんなおねだりしてくるなんて思わなかったよ! 私もね? 雫がいつかどこの馬の骨とも知れない男に取られると思うと気が気じゃなかったから、本音ではファーストキスも何も全部独占したかったんだよね! 流石に嫌われるかと思ってしてなかったけど……」


 さらりと語られるお姉ちゃんの本音に、私は思考が追い付かない。


 いや、待って? それ、昔からお姉ちゃんは私とキスしたかったってこと? いつから?

 というかこれ、何? 告白? あ、いや、冷静に考えると私の言葉も大概告白っぽかった? つまりこれはそれを受け入れられた形?


 あれ……? これ、どうなったの?


「ふふふ、でも、これからは我慢しなくていいってことだよね! 大丈夫、私の雫への愛が永遠だって分かるまで、毎日毎晩してあげるから!!」


「毎日!? 毎晩!?」


「もちろん他の誰にもしないよ? 私の特別は雫だけだからね!」


「と、特別!?」


 まって。まって。まって。

 いや、特別が欲しいって言ったのは私だよ? でも、私としては「妹の頼みならしょうがないなぁ、一回だけだよ?」的なのを想定してたの。


 それが、何これ。どこまで飛躍してるの!? というか、お姉ちゃんが私に向けてる好意ってなに!? ちゃんと妹の範疇に留まってるの!? それともそれ以上の何か!?


「というか、もうキスまでしたんだから添い寝くらいいいよね? 久しぶりに一晩中雫を独占してもいいよね!?」


「え、あ、うん」


「やったぁ! こうしちゃいられない、さっさと家事を済ませて、今日は早く寝よう!!」


 ガチャガチャと、それはもうすごい勢いでご飯を食べ終えたお姉ちゃんは、空いた食器を手に素早くキッチンへ直行する。


 そんなパワフルな姉を眺めながら、私はもう、隠しようもないほど茹だった間抜け顔を晒したまま、いつまでも動くことが出来なかった。

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