第90話 視聴者暴露と浮遊検証

 雫からの正真正銘の告白を受け入れた私は、お昼を食べた後、ウィングブーツの検証のためにココアと《天空の回廊》へやって来た。

 あ、壁に埋まったままになってたボコミは、お昼食べないといけないからってログアウトしてったよ。流石に悪いことしたかと思ったけど、本人嬉しそうだったからまあいいよね?


『わこつー……と言いたいところだが』

『俺らがいない間に一体何があった?』


 そういうわけで、早速配信を再開した私は、開幕一番そう尋ねられた。


 何があったと言われると……


「ココアに作って貰った全身装備だよ。ブーツには例のウィングブーツと同じスキルが備わってるし、性能もすっごく高いの! 見る? 見る?」


『いや見たいは見たいけどさぁw』

『俺らが言ってるのはそっちじゃねえw』

『ココアちゃんと一体何があった?』

『さらっと呼び捨てになってるし』


 新装備を自慢したくてぐいぐい押してみたけど、視聴者さん達としてはそれ以上に気になるものがあるらしい。


 いやうん、分かるよ? 何せ、


「…………」


 今、私の腕にココアが思いっきり抱き着いてるから。しかも、身長差があろうとお構い無しに顔擦り付けて来るし。可愛い。


「何があったと言われると……告白されたから受け入れた?」


『ぶっはw』

『マジで!?』

『まさか本当にそんな関係になるとはw』

『そのお揃い衣装と一緒に告白されたわけか……』

『まあなんにせよめでたいw』

『おめでとさん』


「えへへ、ありがとね」


 思った以上に温かく祝福されて、思わず顔が緩む。

 私達自身はともかく、周りからどんな反応が来るかは不安だったけど……この分なら大丈夫そうだね。


『しかしココア×ベルが正式になってしまったか……』

『ティアちゃんはどうすんの?』


「ああ、ティアのことなら問題ないよ。ココアも私の妹だったって判明したから」


『……んん?』

『えっ、どゆこと』


「ココアはティアのサブアカだったの」


『ちょっ、えぇ!?』

『マジで!?』

『いや、言われてみればベルちゃんに対する反応はほとんど同じだったような……』

『俺は最初から気付いてたぜ(震え)』

『てかこのゲームサブアカ禁止されてないの?』

『特に規約には書いてなかったような?』

『それじゃあ、ココアとティアでベルを奪い合う、ドロドロの三角関係はもう見れないってことですか!?』

『逆に考えるんだ、これからはそういう修羅場ゼロでひたすら甘い空間が形成されると考えるんだ』

『それ、俺ら砂糖の摂りすぎで死ぬんじゃね?』

『ボコミに割り込んで貰って砂糖を中和しようぜ』

『あのド変態が役に立つ日が来ようとは……!』

『今いないみたいだけどな』

『【悲報】俺ら死亡』


 私の暴露を聞いて、コメント欄がにわかに活気づく。


 この辺りは、雫と話し合って決めたことだ。

 もう私にバレた以上、特に隠す意味もないということで、さっさと明かしてしまおうということになったの。変な誤解も広がってたし。


『ということはあれか、ココアとティアで取り合っているように見せて、姉にいちゃつく口実作りをしていたわけか』

『ティアにしたことはココアにも、ココアにしたことはティアにもしろと迫ることで二倍味をしめる妹』

『いちゃいちゃの無限ループ』

『砂糖の塊吐きそうなくらい甘々だなこの策士』

『策士砂糖に溺れる』

『溺れてるの俺らなんだが?』


「ち、ちが……! 私はただ、初心者だったベルが心配で、こっそり手伝おうとしただけで……!」


『そして姉にバレないようにこっそりいちゃついたと』

『そしてそれを見咎めることで更にいちゃついたと』

『素直じゃないなぁ』

『てえてえ』

『てえてえ』


「う、うっさい! 焼くよ!?」


『あ、これはティアちゃんだわ』

『ココアちゃんじゃ焼けないけどなw』


「うぎぎぎ……!」


 流石に黙っていられなかったのか、ココアちゃんが顔を上げて視聴者さん達に噛み付いてるけど、思いっきり弄ばれてる。可愛いなぁ。


 でも、あまり放置しておくのも可哀想だし、少し助け船を出してあげようかな。


「まあまあ、私はそんなココアのことも大好きだよ?」


「……うん」


『しれっといちゃつくな』

『せめて事前に言ってから……いやどっちにしろ結果同じだからいいや』

『おーい、誰だ俺のコーヒーに砂糖淹れたやつ。甘過ぎんぞ』


 今度は私からココアを抱き締めてたら、コメント欄からはそんな声。

 まあ、報告すべきことはしたし、そろそろ本題の検証に入らないとね。


 というわけで、風が吹き荒ぶ突風エリアを目指して出発。ココアのサポートを受けながら、サンダーゼリーやブレイドバードをサクッと仕留めつつ先へ進む。


 特に何事もなく道が崩れたその場所にたどり着いた私は、少しだけ不安そうなココアににこりと笑いかける。


「それじゃあ、行くね!」


「うん、大丈夫だと思うけど……気を付けて、ちゃんと戻ってきてね」


 まるで、新婚夫婦がする朝の出社前の挨拶みたいだなぁ、なんて考えて少しばかり顔をだらしなく緩めながら、私は勢い込んで突風の中へ身を投げ出す。


 以前同じことをやって、真っ逆さまになった場所。ちょっとばかりの恐怖心を覚えながらの投身の結果……


「……おおっ」


 私は、空の上に浮かんでいた。

 《エアドライブ》と似た感じになるのかと少し不安だったけどそんなこともなく、かなり安定してる。


「けどこれ、どうやって動くのか……って、おお?」


 空中で踏ん張りもさほど利かず、どうすればいいかと思っていると、ポーン、という音ともにメッセージが届く。

 開いてみれば、そこには空中行動に関する簡単なチュートリアルクエストが届いていた。


「へー、なるほど、こうやって動くのね……ココア! 大丈夫そうだから一緒にやろう!」


「う、うん」


 私が呼び掛けると、おっかなびっくりながらもココアが空へ一歩踏み出す。

 ふわり、と体が宙に浮く感覚に驚いたのか、わたわたと手足をバタつかせる妹の元へ、私は《空歩》と似たような感覚で空を蹴って近付いていく。


「ほら、大丈夫、落ち着いて?」


「わっ、わっ……!」


 手を差し伸べると、そのままぎゅっと抱き着かれた。

 ちょっと動きにくいんだけど、うるうると縋るような目で見詰められると、無下になんて出来るわけがない。


 しょうがないなぁ、と呟きながら、私は再び空を蹴った。


「わ、わ、わ……!」


「大丈夫だから、ゆっくり足を動かしてね、空に足場をイメージして、それを蹴るような感じ」


 ココアの体を抱き返しながら、ゆっくりとレクチャーする。


 《空歩》と同じ感覚とは言ったけど、挙動そのものは少し違う。あっちは純粋な"二段ジャンプ"なのに対して、こっちはふんわりと慣性がかかる感じ。《エアドライブ》を少し緩めにして、水の中というより氷の上を滑るような感じになったと言えば伝わるかな?


 《エアドライブ》みたいに動く度に少し抵抗を受けるような感覚はないけれど、一度空を蹴るとそのまま想像以上の距離を飛んでいっちゃうから、制御するにはちょっと練習が必要そうだ。


 でもその分、慣れたらすごく楽しい。


「ほら、ワン、ツー、ワン、ツー」


 右、左、上、くるりと回って下。

 ココアの耳元でリズムを刻みながら、二人抱き合い空の上で舞い踊る。

 そうしているうちに、少しずつココアも慣れて来たようで、私に抱き着く力も弱くなってきた。


「ココアも、やってみて」


「うん……」


 手を握ったまま、ココアもまた右へ左へとステップを踏む。

 自動で開始されたチュートリアルクエストが達成されていく度、ゲーマーとしての心を揺さぶられたのか。おっかなびっくりだった表情にも余裕が生まれ、口元が緩み始める。


「ふふ、楽しいね、ココア」


「うん、ベルと一緒で……楽しい」


 手を繋いだまま、チュートリアルが終わってもなお私達は踊る。

 互いの顔を見詰め合い、笑顔と共に空を舞う。


『はー……絵になるねえ』

『衣装もお揃いで妖精みたいだな』

『何度でも見たいわこのシーン』

『切り抜き動画誰か作ってくれないかな……』

『作ったとしても公開前に本人達の許可取れよw』

『分かっとるわw』

『まあいいじゃねーか、今はこの光景を楽しもうぜ』


 視界の端を流れ行く視聴者さん達のコメントに見守られながら、私達姉妹は時間の許す限り、ひたすら空中舞踏を楽しんだ。



 ちなみに、最後はウィングブーツの効果時間のことをすっかり忘れていたせいで、危うく落下死するところだったわけだけど……それはまあ、ご愛敬ということで。

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