第89話 告白と、告白

「……うーん」


 私がボコミのことを思い出すより少し前。FFOからログアウトした私は、VRギアを着けた状態のままベッドの上から動けないでいた。


 なぜなら、


『あなたは女たらしの罪で拘束されました。このまま署にご同行願います』


「うん、声まで変えて何の遊び始めたの、雫?」


「…………」


 雫の手で全身簀巻き状態にされ、指一本動かせないからだ。


 いやうん、なんだろうねこの状況。


「ギア被ったままでなんで私だって分かるの……スマホのボイスチェンジャーまで使ったのに」


「そりゃあだって、声を変えたって雫の匂いは誤魔化せないし! ……ってあだだだ!? 雫、いくら布団? 越しだからって踏まないで!?」


「わ、わたしはそんなにくさくないもん!! お姉ちゃんのばかっ!!」


「いや全然臭くなんてないよ!? むしろこう、ずっと嗅いでいたくなる魅惑の香りが……! くんくん」


「だからっ、かぐなぁ!!」


「ふぎゃあ!?」


 雫に延々と蹴り転がされ、視界が塞がったままなのも相まって目が回る。

 うぅ、雫、今日の責めはいつになく苛烈……! 私はボコミじゃないから痛め付けられて喜ぶ趣味はないよ!?


 えっ、もし喜んでたら蹴ったりせずに口利かないだけだって?

 やめて、そんなことされたら私本気で死んじゃうから。


「まあ、お姉ちゃんが変態なのは今に始まったことじゃないから、今は置いておくとして……」


「待って雫、私変態じゃないから! 私はただ雫を愛するだけの求道者だから!!」


「でも、ココアに愛してるって言ったんだよね? キスまでして」


 つーん、とした口調で、騒ぐ私に雫は告げた。

 ああ、その件かぁ……顔は見えないけど、雫の声色に若干の不安が浮かんでるように感じる。


「お姉ちゃん、やっぱり可愛い子なら誰でもいいの……?」


 じっと突き付けられる、雫の視線。

 それを感じた私は……


「そんなわけないでしょ、よっと!!」


 ベッドの端に引っかけてVRギアを外した後、背筋と腹筋の力だけで簀巻き状態のまま体を跳ね上げ、床の上に着地。隣に立つ雫と向き直る。


「ほあ」


「んっ……」


「っ!!?!?!?」


 そのまま、雫にキスした。


 流石に、簀巻き状態から反撃されるなんて思ってなかったのか、いつにも増して目を白黒させる雫に向かって、私は悪戯っぽく笑いかける。


「私の一番はいつだって雫だよ。それは信じて欲しいな?」


「っ~~!! で、でも、私にしかしないって約束だったのに、ココアにも……!」


「問題ないでしょ? ココアちゃんだって雫なんだし」


「問題大あり……って、え?」


「FFOでココアちゃんを動かしてるのは雫なんでしょ? 知ってるよ、私」


 ポカンと口を開けたまま硬直する雫に、私は再度そのことを伝えた。

 そんな私の返答を、全く想像していなかったのか。予想以上に再起動に時間がかかる妹の姿に、私はちょっとばかり心配になる。


「雫ー? 雫ちゃーん?」


 顔の前で手を……は、無理だから、代わりに頭をフリフリ。

 うーん、ダメか。じゃあ……


「……ふ~」


「っ!!?!?!?」


 耳にそっと息を吹き掛けると、雫は背筋をぞくぞくと震わせながらベッドの上に転がり込んだ。


「にゃ、にゃにすりゅにょ!?」


「いや、雫が全然反応してくれないから、大丈夫かなって?」


「にゃからって、こんにゃ、みみっ、ふーって、しなくても……!! というか、ココア、なんで、いつからっ……!!」


「雫、ほら一旦落ち着いて? 無理ならキスしてあげようか?」


「よけいこんらんするからだめっ!!!!」


 ほとんど回ってない舌で、雫は必死にそう叫ぶ。

 流石にこれ以上はかわいそうかなと、私はベッドに腰かけて雫が落ち着くのを待った。


 ……簀巻き状態のまま。


「はーっ、ふーっ、はー……お、お姉ちゃん、いつから気付いてたの?」


「割と最初から怪しいとは思ってたよ? でも、確信を持ったのは蘭花が中に入った時かな。あの子、口調とかは完璧だったけど、言動とかが素のままだったし。それで、蘭花がわざわざそんなことするような相手って雫しかいないよね? ……って、本人問い詰めたらあっさり全部教えてくれた」


「ら、蘭花さんめぇ……! 今度、絶対に目にもの見せてやる……!」


 ぷるぷると涙目になりながら、雫はここにいない親友への逆襲を決意する。


 うん、私の平穏のためにも、あえてフォローはしないでおこう。頑張れ、蘭花! 応援してるよ!


「じゃあ……あれ以来、お姉ちゃんがココアにやたらデレデレした目を向けるようになったのは、ココアに惚れたからじゃなくて……」


「うん、雫だって分かったから」


 というか私、そんなに露骨に態度変わってた?

 ……うん、変わってた気がする。いやだって、雫だもん。雫が甘えてくれてるんだもん。可愛がらなくてどうするのさ。


 そんなことを伝えたら、雫は手で顔を覆い隠し、ベッドの上に突っ伏した。


「じゃあ……私が抱き着いた時も、撫でてって言った時も……そもそも、ココアにやったことは全部私にもやってって言った時も……私だって知ってて……!?」


「うん、そういうこと」


「っ~~~~!!!!」


 ごろごろごろと、雫がベッドの上で転げ回る。

 おっと危ない、それ以上行くと落ちちゃうよ?


「お……お姉ちゃんのばかっ!! 気付いてるなら気付いてるって言え!! わ、私一人で、バレてないと思ってあんな、色々と……!! バカみたいじゃん!!」


「でも、可愛かったよ?」


「そういう問題じゃないっ!! お姉ちゃんのばかっ!! きらいっ!!」


 そう叫んだ後、雫はハッとなって気まずそうに私の顔を伺い見る。


 ふふっ、今ので私が傷付いたとでも思ったのかな? だとすれば、そんなの今更だよ。この程度、たくさん言われ慣れてるし。

 だから、私の雫への想いは変わらない。そんな雫だってとっても大好き。でも……


「ご、ごめん……その、きらいって言うのは、そういうことじゃなくて、その……」


「じゃあ、どういう意味かな? お姉ちゃんに教えて?」


「え……?」


 ふんっ、と力を込めて、私を簀巻き状態にしていた布団による拘束を引きちぎる。

 まるで信じられないものでも見たように、雫がポカーンと口を開けてるけど……ビニール紐で適当に縛られただけじゃ、お姉ちゃんは止まらないよ?


「私ね、何度でも言うけど、雫が好き。世界一大切で愛してる。誰になんて言われても、たとえ雫本人から嫌われたって、これだけは絶対に変わらない」


「お、お姉ちゃん……」


「だけどね? やっぱり、雫から愛されたいとも思ってる」


 ベッドの上に転がったままの雫の上に被さって、真上からじっとその瞳を見下ろす。


「ねえ、雫は私のこと、どう思ってる?」


 戸惑いに揺れる愛らしい瞳へ、私は真っ直ぐ問い掛ける。


 思えばこれまで、この言葉を雫本人に投げ掛けたことはなかった気がする。

 ああして欲しいこうして欲しい、愛したい愛したいって、自分の欲求は山ほどぶつけて来たけれど、雫本人の願いをしっかり聞くことはなかった。


 それはきっと、私自身心のどこかで、雫に拒絶されるのを恐れてたから。

 雫がもし、本心では私を一緒にいることを嫌がってたらって、ちょっぴり不安に思ってたからだと思う。


「私と……どうしたい?」


 だから、もう恐れない。

 雫の心に踏み込んで、雫の全部を私は知りたい。知って、私のものにしたい。私だけを見て欲しい。

 どうしようもないくらい強くて我儘なこの願いを、真正面から雫にぶつける。


「わ、私……は……」


 そんな私の言葉に、雫の瞳が大きく揺れる。

 羞恥と、何か葛藤するようなその仕草に、私はしばらく口を閉じて雫を見守り続けた。

 そして、


「私は……私も、お姉ちゃんと同じ。お姉ちゃんが好き」


 ついに、雫は私を真っ直ぐ見詰めながら、そう口にした。


「誰よりも好き。何よりも好き。こんなどうしようもない私を受け入れてくれたお姉ちゃんが好き。ずっと、何があっても私の味方でいてくれたお姉ちゃんが好き。愛してる。……だから」


 どくんどくんと、すぐそばで響き合う心音によってお互いの緊張を共有しながら、雫は私にその本心をさらけ出す。


「私……お姉ちゃんと、ただの姉妹で終わりたくない……お姉ちゃん……」


 雫の手が、そっと私の首の後ろに回された。

 大して力の籠ってない、優しく引き寄せるようなその動きに導かれるまま、私は雫との距離をゼロにする。


「私と……付き合って……」


「……うん」


 ちゅっ、と交わされたその口付けは、私達の新しい関係を誓い合うように、時間を忘れていつまでも続けられるのだった。

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