第85話 ツリーハウスとベルの本音

 サーニャちゃんと出くわしたことですっかり忘れかけてたけど、私達の目的は特殊クエストの達成と、それによって手に入るウィングブーツのレシピだ。


 というわけで、隠しエリアで《天空草》を採取した私達は、城下町に戻って件の屋台へ行って、クエスト達成の報告を済ませる。


「ありがとよ、嬢ちゃん。これで俺も心置きなく天空飴が作れるぜ。こいつはお礼だ」


 そんなおじさんのお礼の言葉と共に、報酬として天空飴十個、経験値と、ウィングブーツのレシピを貰えた。


 このレシピ、どうやら対応するスキルを持っているプレイヤーが一度使ったらなくなる消耗品のようで、予定通りココアちゃんに消費して貰うことに。


 ……どうでもいいけど、一度使ったらなくなるレシピって、それレシピとしての意味を為してるんだろうか?


 まあ、細かいことはいいか。


「というわけで、私は装備制作に入るから……終わるまで入って来ないでね」


「はーい」


 ともあれそんな感じで、ココアちゃんは鶴の恩返しよろしくホームへと引っ込んだ。なんだか気合が入ってるみたいだし、きっとすごいのを作ってくれるんだろうな。


 私だけ全身装備っていうのが、ちょっとみんなに申し訳ない気もするけど……まあ、姉妹特典ってことで!


「さて、この時間はどうしようかなぁ」


 ココアちゃんが装備を完成させるまで、私は久々の初期装備。クエストが終わるのが思った以上に早かったせいで、ボコミやエレインもまだ戻ってないし、これじゃあフィールドに出るのもちょっと躊躇われる。


 一応、既にウィングブーツのレシピについてはメッセージで伝えてあるんだけど、どうやら二人もそれとは別に何かクエストを見付けて、それぞれこなしてるみたいなんだよね。


 とはいえなぁ、お昼を作るにはまだ早いし……どうしたものか。

 あ、ちなみに配信はクエストの達成報告が済んだ時点で一旦終わってるよ。お昼過ぎるまで特にやることもないからね。


「お姉さん、お時間あるならちょっとお話ししませんか? 私もホーム持ってるので」


「え? いいけど」


 そんな風に悩んでいたら、サーニャちゃんからホームへのお誘いが。

 特に断る理由もないから了承して、そのままついて行こうと……


「あ、行く前にココアさんにはちゃんと連絡しておきましょうね、そういうの大事ですよ!」


「え、あ、うん」


 サーニャちゃんからの謎のプッシュに押され、ココアちゃんに軽くメッセージ。『サーニャちゃんのホームで時間潰してるねー』、と。

 するとすぐに、『変なことしないでよ』とのお言葉が。いや、なにも変なことなんてしないってば。


 というわけで、満を持して移動開始。

 サーニャちゃんのホームは、どうやら森林エリアの中にあるみたいで、ベースキャンプを通って反対側へ。


「よいしょぉ!」


 途中、当たり前のようにモンスターも湧いてくるんだけど、いくら初期装備とはいえ、この辺りのモンスターはもう敵じゃない。あっさりと蹴散らす。


 ただ、やっぱり色々と使い心地に違和感が……装備のAGI補正がないからか、体も重いし。


「なんだか戦いづらそうですね。私が……というか、うちのワッフルを前に出しましょうか?」


「うん、お願いしてもいい?」


「はい! それじゃあワッフル、《成獣化》!」


「ガウッ!」


 大きくなったワッフルが、私の代わりに前に出て、近付いてくるモンスターを蹴散らしてくれる。


 いやあ、こういう言い方もなんだけど、モンスターが代わりに戦ってくれるって楽でいいねー。強いのと戦うのは楽しいけど、雑魚散らしは段々ただの作業になって飽きて来るし。


「やっぱり、お姉さんでも初期装備じゃキツいですか?」


「あはは、そうだねー。すっかり慣れてたけど、やっぱりココアちゃんのサポートがあると全然違うなって実感したところ」


「ふふふ、そういうの大事ですからね。戻ったら日頃の感謝を込めてご褒美あげてください。こう、むちゅーっと!」


「あはははは」


 やけにキスを推してくるサーニャちゃんに対して、私は露骨に笑って誤魔化す。


 いやうん、したいのは山々なんだけどね? 雫との約束を考えると、ココアちゃんにしていいものか中々悩みどころが……


「あ、ココアさんの正体に気付いてることを雫ちゃんに知られたくないなら、今のうちにメールでも飛ばしておけばいいですよ。どうせすぐにオッケーの返事来るでしょうし」


「ああ、なるほどー……って、ココアちゃんが雫だって気付いてたの!?」


「あれだけ露骨にお姉さん大好きオーラを出す人が他にいるとも思えないですし」


 ひと目見て分かりましたよ? と語るサーニャちゃんに、私は思わず顔が引き攣った。


 いや、だからって初対面と大差ない相手を仕草と雰囲気だけで看破する? 私だってそこそこ気付くのに時間かかったよ? なんか悔しい……ぐぬぬ。


「まあ、細かいことはいいんですよ! それより、私としてはお姉さんの気持ちが気になります!」


「え? 私?」


「はい!! 妹さんがお姉さんを好いているのは見れば分かりますけど、お姉さんはいまいち"どの立場"から見てるのかよく分からないんですよね」


 ホームに向かって歩きながら、サーニャちゃんがずいと迫ってくる。


 いやあ、ココアちゃんが本気で私のこと好きって言ってくれるのは嬉しいけど、私の立場って……それこそ分かりやすくない?


「私はあの子のお姉ちゃんだよ? 世界一大切で可愛い妹を愛する、どこにでもいるお姉ちゃんです」


「どこにでもいるお姉ちゃんは、お姉さんほど過剰に妹を溺愛しませんよ? というか、溺愛というと少しイメージとズレますね、なんて言ったらいいんでしょ?」


 うーん、と悩むサーニャちゃん。

 言葉の定義なんて気にしなくてもいいと思うんだけどなぁ、なんて思ってるうちに森の端に到着すると、フレンド登録した私の前に、可愛らしいツリーハウスが現れた。


「おおー、すごい! 可愛いホームだね」


「ふふふ、そう思って貰えて嬉しいです! モンスター達と快適に過ごすため、デザインにまで拘り抜いて建てたホームですからね!」


 褒められて嬉しかったのか、サーニャちゃんはドヤッと胸を張る。

 こういうところは年相応というか、雫と同年代なんだなぁって感じがするね。可愛い。


「さあさあ、話の続きは中でしましょう。どうぞどうぞ」


「終わってなかったの!? まあ、えと、お邪魔します」


 さらりと話を蒸し返されながら、ホームの中へ。

 木と森の香り漂う家の中は、当然のように目に優しい木目模様。多種多様な遊具で溢れ、多くのモンスター達が思い思いに過ごしていた。


 フォレストウルフだけじゃない、キラービーやエアコンドル、他にも見たことない動物型モンスターの幼獣がたくさん、これでもかとひしめきあっている。


「わあ、すごい……! これみんなサーニャちゃんがテイムしたの?」


「はい! 動物好きですから、見付けたら片っ端からテイムしてます! まあ、やり過ぎてテイム上限といつもにらめっこする毎日ですけど」


 たはは、と笑うサーニャちゃんによると、原則として連れ歩けるモンスターは一体だけ、それ以上は手持ちのホームの大きさに応じてテイム上限が決まっているらしい。


 いつかFFOの全モンスターをテイムするのが目標だと語るサーニャちゃんはとても楽しそうで、見ているこっちまで応援したくなってくる。



「まあ私、動物以外にも好きなものはあるんですけどね」


「動物以外?」


「はい、そのためにも、妹さんには是非とも頑張って貰いたいんですよ……!」


「うん??」


 熱っぽい目で私を見詰めるサーニャちゃんから、そこはかとなくボコミと似たような気配を感じる……


 いや、ボコミみたいに身の危険を感じるようなものじゃないんだけどね? なんだろう、この感じ。


「なので、ズバリ聞きます!! お姉さん、雫ちゃんのことどう思ってますか!?」


 戸惑う私に、ビシリと突き付けられるサーニャちゃんの問い。

 何を聞くかと思えば……


「だから、世界一可愛い妹……」


「妹というのは一旦抜きで、女の子として!」


「天使」


「キスしたいですか!?」


「したい。というかした」


「した!? もう!?」


「うん。そのまま一晩一緒に寝て……」


「一夜を共に!?」


「出来れば毎日したいよね。お風呂で洗いっことかしたいし」


「毎日!? ちょ、ちょっと待ってください、さ、さすがに予想以上で私がもちません……!」


 顔を手で覆いながら膝を突き、ぜえぜえと息を荒くする。

 そんな怪しげなサーニャちゃんの元へ、モンスター達が心配そうにすり寄っていた。可愛い。


「あのお姉さん、つかぬことをお聞きしますが……もし妹と結婚出来るようになったら、どうし……」


「すぐにでも結婚したい」


「ですよねー!」


 またしてもがくりと項垂れ、床に両手を突くように崩れ落ちる。

 さっきからリアクションが激しいなぁ、どうしたんだろう?


「お姉さん、自分の気持ちが妹に向けるようなレベルじゃないの自覚してますでしょうか」


「まあ、他の人より強いんだろうなとは思ってるよ。本気で解放したら、あの子を傷付けかねないくらいには」


 私は、雫が好きだ。

 どこがと聞かれたらいくらでも答えられるけど、仮に私の語彙の全てを尽くしたって、この気持ちは表現しきれない。


 雫の存在が私の全てで、私の全ては雫のためにある。


「だから私は、どれだけ普通じゃないって言われたって、あの子のお姉ちゃんだって言い続けるよ。あの子が私を、お姉ちゃんって呼んでくれる限り。お姉ちゃんとして、妹を守る。最期まで」


 私の気持ちがどんなものかなんてどうでもいい。

 私はただ、最期まで雫と一緒にいたい。

 とめどなく溢れるこの想いを、ほんのひと欠片でも多く雫に伝えたい。


「それだけだよ」


 そう伝えると、サーニャちゃんはしばらくポカンと口を開けたまま固まってしまう。

 我ながらちょっとくさい台詞だったかな? なんて思ってると、ようやく再起動を果たしたサーニャちゃんが、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。


 いや、なにが?


「よく分かりました。お姉さんはもう、段階を踏むまでもなく妹さんへの愛情が限界突破してるんですね……自分が基準になってるから、妹さんの甘酸っぱい心の機微がいまいちちゃんと伝わってないと」


「へ? どういうこと?」


 私、また何か雫を怒らせるようなことしちゃった?


 そんな私の不安を余所に、サーニャちゃんは一人ぐっと拳を握り締める。


「とはいえ、やっぱりどこか一線引いてる感じがありますね……ギリギリのところで踏み留まっているというかなんというか。ここはいっそ妹さんを先に素直にさせて、デレデレに甘えられるように仕向ければ……お姉さんのタガが外れて、私の望む百合の桃源郷は必ずや実現するはず!! こうしちゃいられません、早速ココアさんのホームに戻りましょう!!」


「えっ、いや、今来たばっかりなんだけど!?」


「そんなことはいいんですよ! さあ早く!!」


「えっ、ええ!?」


 こうして私は、せっかく来たこの場所に腰を落ち着ける暇もなく、ココアちゃんのホームへトンボ帰りすることに。


 うん、この子、真面目でしっかりした子かと思ってたけど……大概変な子だったよ!!

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