第29話 空き巣(?)騒動と雫の疑惑
「ふぅー、ただいまー……ってあれ?」
投擲スキルを無事獲得し、多少なりと練習を積むことが出来たその翌日。学校から帰った私は、ちょっとした違和感に気が付いた。
「物の配置が変わってる……?」
そう、玄関やリビングなど、主だった部屋の家具が、少し移動していたのだ。
どういうことかと考えを巡らせ……すぐに最悪の可能性に思い至り、私はサーッと血の気が引いていった。
「ま、まさか……空き巣!?」
正確には雫がいるから空き巣じゃなくて強盗だけど、普段この家から出入りするのは私しかいないし、空き巣からすれば女子高生の独り暮らしと勘違いされてもおかしくはない。
私が学校に行っている時間帯、誰もいないだろうと忍び込んだ空き巣が、いるはずがないと思い込んでいた住人と出くわしたとしたら……
「し……雫!! 大丈夫!? 無事!?」
いてもたってもいられず、私は一目散に雫の部屋を目指してダッシュ。扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び込んだ。
「うわっ!? なに、強盗!? ……じゃない、なんだお姉ちゃんか……」
いつも通り、ベッドの上で漫画を読んでいたのか。びっくりさせないでよ、と胸を撫で下ろす雫を見て……私は、ポロポロと涙を溢した。
「えっ……ちょ、お姉ちゃんどうし……わぶっ!?」
「うぅ……雫ぅ、無事でよかったよぉ~!」
戸惑う雫を抱き締めて、その感触が幻でないことを確かめる。
うぅ、ちゃんと雫だ……この匂い、この声、この柔らかさ、間違いなく雫だよ……。
「ま、まさぐるな、変態ばか姉!!」
「ぐへ!?」
なんてやってたら、雫にベッドから蹴り出された。
うぅ、痛い……でも元気そうでよかったよぉ。
「い、いきなりなに? 理由次第じゃまたぶっとばすからね!」
顔を真っ赤にしながら、自分の体を抱いて猫みたいに警戒心を剥き出しにする雫。可愛い。
じゃなくて。
「いやその、帰ってきたら家具の配置がところどころ変わってて、もしや空き巣が入ったんじゃないかと思ったらいてもたってもいられなくて……」
「……心配してくれたのはうれしいけど、空き巣なんてないから。動いてたのは、ほら……み、美森さんが掃除しに来てくれたんだよ」
「そうなの? でも、美森さんなら事前に連絡するか、私が帰ってくるまで待ってくれそうなものだけど……あんまり綺麗になってなかったし」
「うぐっ! ……み、店の方で何かあったから、途中で帰ったんだよ! それだけ!」
なぜか余計に機嫌を傾けながら、雫はそう言ってそっぽを向く。
うぅ、いきなり抱き着いたこと、そんなに怒ってるのかな?
「後で美森さんに口止めしなきゃ……ついでに、掃除のやり方習おうかな……」
「雫?」
「な、なんでもない! それより、ココアと約束あるでしょ、ログインしなくていいの!?」
「あっ、そうだった」
一人でぶつぶつと呟く雫に声をかけると、逆にそう窘められた。
いけないいけない、空き巣(?)騒ぎですっかり頭から抜け落ちてたよ。
ただ、それにしても……
「な、なに?」
「いや、私がココアちゃんに『相談したいことがある』ってメッセージを送ったの、今日の昼頃なのによく知ってるね? ココアちゃんだって学校くらいあるだろうし……」
そう、今日はココアちゃんと会って、《投擲》スキル用の武器でどんなものを使うか相談しようと思っていたところ……なんだけど、ずっと部屋にいるはずの雫が、どうしてもうそのことを知っているのか。
じー、っと見詰めると、雫はぷいっとそっぽを向く。
「べ、別に、SNSでグループ作って休み時間とかにやり取りしてるだけだよ。私もその、武器とかアイテムとか、ココアとやり取りしてるから、その日取りを決めたりしなきゃいけないし」
「へ~、なるほど」
雫もココアちゃんに装備やアイテムを融通して貰ってるのか。
そういえば、エレインも生産職は初期投資がキツいって言ってたし、その辺りを雫が肩代わりする代わりに色々便宜を図って貰ってるのかな?
「本当に仲良いんだね、ココアちゃんと。リアルで会えるなら会ってみたいんだけど……どこの子なの?」
「あ、あー、ネットで知り合っただけで、私も会ったことないから、住所とかそういうのは全然知らない」
「あ、そうなんだ? へ~」
これだけ頻繁にやり取りする仲なら、てっきりリアルでも友達なのかと思ってたけど、本当にネット上の繋がりだけらしい。
最近そういうの多いって聞くし、これはこれで健全なのかな?
ただ、うん……ココアちゃんの話をする時の雫、妙に歯切れ悪いんだよね……。
「雫、ココアちゃんとは本当にただの友達なんだよね?」
「そ、そうだよ。なに、疑ってるの?」
「疑ってるというか……ちゃんと清い関係なんだよね? 交際する時はお姉ちゃんにちゃんと言ってね?」
「いや本当になにを疑ってるの!? ばかなの!?」
いやだって、雫がここまで特定の誰かと親密な関係になるなんて今までなかったし。こんなに必死に隠すなら、そうなのかなーって?
「そういうのは全然ないから! ココアとはただの友達! いい!?」
「うーん、そっかぁ……」
必死に叫ぶ雫を見てるとやっぱり怪しいんだけど、詮索し過ぎるのもなぁ……うぅ、ココアちゃんがいい子なのは間違いないけど、だからって雫を渡せるかと言われれば……くぅ! やっぱり無理!!
「も、もういいでしょ! ほら、ココアが待ってるから、行った行った!」
「わっ、雫、待って!」
「今度はなに!?」
話を打ち切るように背中を押してくる雫を一旦宥め、もう一度正面から向かい合う。
可愛らしいその顔にほっこりしつつ、私はハンカチを取り出して口元を拭いてあげた。
「お菓子、ついてたよ。食べるなとは言わないけど、晩ご飯もあるんだからほどほどにね?」
実は最初から気付いてたけど、口元をちょっと汚してそれに気付かない妹の姿があんまり可愛いから、しばし放置して堪能してたのは内緒。正直に言ったら怒られちゃうからね。
いや、本当の本当に正直に言うなら、拭く前に写真に撮って永久保存しておきたかったけど。
「っ~~!! よ、余計なお世話!!」
一方の雫は、子供扱いされて嫌だったのか、顔を真っ赤にして扉を閉めた。
バタン! と大きな音を立てて消えていった愛しい妹の後ろ姿を思い、私はほっこりと笑顔を浮かべる。
「今日は雫の大好きなクリームシチューだから~。晩ご飯までには機嫌直してね~?」
『う、うっさい!!』
扉越しに飛んでくる、いつもの怒声。
けれど、その声色が少しばかり嬉しそうに弾んでいることに気が付いた私は、鼻歌混じりに自分の部屋へ向かうのだった。
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