第50話 隠蔽工作と入れ替わり

「……というわけで、困ったことになったんだけど、どうしよう」


『どうしようって……雫ちゃん、そういう後先考えないところ、鈴音とそっくりだよね』


 お姉ちゃんやボコミの前で、ココアの姿でティアに会うと宣言した日の夜。途方に暮れた私は、蘭花さんに電話で相談を持ちかけていた。


 とはいえ、予想通りというべきか、返ってくるのは呆れたような溜息だったわけだけど。

 お姉ちゃんとそっくり……悪くないかも。ふへへ。


『……今、雫ちゃんが考えてること、当てて見せようか?』


「いやいい、遠慮しとく」


 無駄に察しが良い蘭花さんにハッキリ断りを入れると、『自信あるんだけどな~』と残念そうな声が返ってきた。

 今、電話の向こうではすっごい意地悪な顔してるに違いない。これは私にだって分かる。


『まあいいや。それで、どうするの? いい加減、ココアの中身が雫ちゃんだって教えてもいいんじゃない?』


「そ、それはだって……さすがに、恥ずかしい……!」


 ココアの姿だからって、中身が私だって分からないからって、お姉ちゃんにこれまで何をしてきたことか!


 ベルのあの小さな体を抱っこして、なでなでして……ちょっと匂い嗅いでみたり、すりすりしたり……あげく、あんな広場の真ん中で、パートナーだって……ベルは私の物だなんて宣言しちゃって……!!


 うん、バレたら死ぬ、恥ずかしすぎて死ねる。


『やれやれ、相変わらず素直になりきれないなぁ、雫ちゃんは。鈴音の積極性を少し分けて貰ったら?』


「出来るならやってるよ、もう……」


 積極的過ぎるお姉ちゃんを自重させる意味でも、中々本音が口に出来ない私としても、出来ることならお互いの性格を足して二で割りたい。


 まあ、別に今のお姉ちゃんが嫌いなわけじゃないけどさ……ごにょごにょ。


『仕方ない、ココアの正体を隠したいなら、私に一つだけアイデアがあるよ? 聞く?』


「……どんなアイデア?」


 何となく嫌な予感がして、警戒しつつの問いかけ。

 それに対して、声はなくとも蘭花さんがニヤリと笑みを浮かべる気配が電話越しに伝わってきた。


『ズバリ、その日は私が代わりに“ココア”に入ってあげるよ!』


「いや却下」


『即答!? なんでさ!』


「だって、蘭花さんにココアをやらせたら、絶対面白がって変なことするし……!」


 ただでさえ、普段からイタズラとサプライズが好きな蘭花さんだ。絶対にロクなことにならない。


『だーいじょうぶだって。ココアの正体だって、これまで鈴音に漏らすような真似してないでしょ? 潜入調査は忍びのお家芸だからね、バレないようにキッチリ演じきってみせるよ』


「ほんとに……? 変なことしたら美森さんに色々吹き込むからね。この前、ゲーム禁止期間中に実はこっそりログインしてたこととか」


『そ、それだけはご勘弁を……!』


 私が脅しをかけると、電話の向こうから震えた声が聞こえてくる。

 そんなに怖いならやらなきゃ良かったのに、と思うけど、まあ私もその気持ちは分からないでもない。

 というのも、実はFFOにはログインボーナスがあって、毎日ログインしていると色々とアイテムが貰えるのだ。


 そして、先月の30日連続ログインボーナスが、期間限定のネタ装備(と言ってもそこそこ性能は良い)で……それが偶々、忍者刀とかいう、エレインにとってはまさに垂涎の装備だったから、美森さんの言い付けを破ってこっそりとやっていたわけ。


 で、お姉ちゃんはともかく、その頃既にフレンドだった私はその動向を完璧に把握してた。ログインだけで飽きたらず、ちょっとばかり遊んでたことも含めて。


「じゃあ、まあ……本当に普段通りの私を演じてくれるなら、お願いしていい?」


『任せて任せて。雫ちゃんのことならハイハイしてた頃から知ってるからね、完璧だよ』


「い・ま・の、私を演じてよ? 分かってる?」


『分かってる分かってるー』


 この軽い返事、何か企んでそうな気配がする。

 でも、こっちにはちゃんと切り札があると脅したばっかりだし、下手なことは出来ないはず……うん、不安だけど、今は蘭花さんに頼るしかない、か。


「じゃあ、お願い。日程が決まったらまたアカウントのIDとパスワード教えるから」


『はいはーい。事が終わったらちゃんとパスワード変えるんだよー』


「分かった」


 その後、蘭花さんと二、三やり取りを交わし、電話を切る。そして、一つ溜息。


「うぅ……不安だ……」


 ココアの中身問題は解決したけど、“ティア”としてお姉ちゃんに会わなきゃならない問題がまだ解決してない。


 こっちはもう、約束だし、動画で散々見られてるし、腹はくくった……つもりだったけど、やっぱりいざやるとなると緊張する。


 こう、こっそりやってたコスプレ用のSNS裏アカウントを家族に捕捉されて、羞恥で悶える暇もなく目の前で披露することになったような……? うん、上手い例えが浮かばないや。


「ティアで素の態度は見せたくないけど、お姉ちゃんだしなぁ……」


 ティアは、好戦的でかっこよくて、魔術師の中では最強格。対抗出来るプレイヤーはそうはいない、歴戦の強者。そんな感じで言葉を選んでプレイしてた。


 でも、大好きなお姉ちゃんの前でそのキャラを維持出来るかというと……正直、不安しかない。


「蘭花さんもだけど……お姉ちゃんも、私に変なことしないでよ……?」


 通じるかも分からない……というより、十中八九叶わないだろうと確信が持てる願いを、それでも窓から見える星空に願いつつ。


 私はベッドの上で寝返りを打ち、解消しない悩みを抱えたまま夢の世界へ旅立つのだった。

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