第16話 決戦宣誓と姉の想い
「雫、私、今日はエルダートレントに挑もうと思うの」
初めてエルダートレントに挑んだ日から五日。最近は日課のようになっている扉越しの朝食の際、ついに私は、雫に対してそう宣言した。
そんな私の言葉を聞き、小さく規則的なお皿の音を響かせていた雫は、その手を一瞬だけ止め……
『ふーん、そう』
それだけ言って、また食事を再開した。
いやいやいやいや。
「雫ぅ! もうちょっとお姉ちゃんに興味持って!? 私泣いちゃうよ!?」
『別にそういうんじゃ……ただ、ほら、ココアからもう聞いたっていうだけ』
「あっ、そうなんだ」
昨日も少しだけ一緒にプレイした、私と雫の共通のフレンド。うさ耳をぴょこぴょこさせるその姿を思い出し、私はなるほどと納得した。
「雫、ココアちゃんと随分仲良いよね。私のゲーム中の動き、ほぼ把握してるみたいだし。そんなにいつも喋ってるの?」
『ま、まあ、それなりの仲だから』
へ~、それなりの仲かぁ。
やっぱりクラスメイトとかなのかな? 雫が引きこもり始める前に仲が良かった子とか。
なんか隠してるっぽいし、ただの友達っていう感じでもないんだけど……まあ、悪い子じゃないし、いいか。
『それより……本気でやるの? 三分以内なんて、殴り魔じゃ無理だよ』
「大丈夫、絶対やってみせるから。ダメそうだったら、死に戻ってまたやり直しっていうのも手だしね」
というか実際、昨日はそれを利用して、エルダートレント相手に何度か立ち回りの練習もやった。
流石に、一発勝負で超えるには厳しい記録だからね。
『……そこまでやらなくても、せっかくゲームしてるんだから、自由にやればいいのに。私なんか放っといてさ』
「もう、またそんなこと言って。いいの、私が自由にやった結果がこれなんだから。それに、これはこれで楽しいからね」
『……私が適当に立てた目標に挑むのが?』
「うん。対策練って、実践して、失敗して、修正して、また挑んで……そうやって自分で考えた立ち回りで強くなっていくのって、楽しいね」
トライ&エラー。言うのは簡単だけど、現実じゃ中々気軽に失敗出来ない。誰だって、失敗するのは怖いからね。
そのハードルをぐっと下げて、リスクを恐れず思うまま全力でぶつかれるゲームは、すごく楽しい。
「だから余計に、雫と一緒に遊びたいって思うんだ。動画の中での雫、とっても楽しそうだったし。そんな雫と一緒にゲームしたら、今以上に楽しめると思うの」
『……えっ、ちょっと待って、私の動画……見たの?』
「うん、大人気チャンネルだって、蘭花に教わったよ。まさか、雫が私よりお金持ちだったとは思わなかったなぁ……」
大体これくらい、っていう雫の月収予想を蘭花に聞かされて、目が飛び出るかと思ったもん。
私のバイト代、軽く超えて……道理で、私が知らないうちに漫画やらゲームやらどんどん買えるわけだよ。とほほ。
『っ~~! 蘭花さん、黙っててって言ったのに……!』
お姉ちゃんとしての沽券が揺らいで悲しむ私を余所に、うぎぎ、と悔しがる雫の声。
そんな妹が可笑しくて、私はつい吹き出してしまっていた。
『わ、笑わないでよ。どうせ、ゲームの中の私を見て、そうやって笑ってたんでしょ』
「ごめんごめん。でも、“ティア”のことなら、私は素直にすごいって思ったよ。私の知らない間に、雫はこんなに成長してたんだなって」
私達姉妹は、三年前に両親を事故で失った。
遺産もあって、親切なご近所さんもいて、書類上の保護者になってくれる親戚もいて、生活するだけならどうにかなったけど……心はそう簡単に割り切れない。
雫が完全に部屋に閉じ籠るようになって、私はそんな雫を守るために必死に頑張ってきた。学校に通いながら家事もやって、バイトもして……周りからは、いつも同情され続けてきた。
辛いのに、妹さんのために大変ね、って。
でも、そうじゃない。私が雫を守ってたんじゃなくて、私が雫に守られてた。
両親の死を受け止められるだけの強さがなかった私の代わりに、雫が泣いてくれた。悲しんでくれた。そんな雫を守りたいっていう目標があったから、私は過去に囚われずに前を向いていられた。
雫がいたから、頑張れたんだ。
「私ね、雫はずっとここにいるんだって思ってた。いつまでも、私と一緒にいてくれるんだって。……でも違った。雫はとっくに、私より先を行ってたんだ」
でも、動画の中で、そのプレイでたくさんの人を沸かせる雫……ティアの姿を見て思ったんだ。このままじゃ、雫がどこか遠くに行っちゃうって。
そんなのはごめんだ。誰になんと言われようが、私はこれからも雫の傍にいる。絶対に。
「だから私、頑張って雫に追い付きたい。これからもずっと、雫と一緒にいるために……ゲーム一つで、あんなにたくさんの人を楽しませてる雫のお姉ちゃんだって、胸を張れるように。それで」
扉一枚隔て、きっとそこで聞いているだろう妹へ、笑顔を向ける。
お互いの顔が見えなくても、その分の想いを言葉に乗せて雫に届ける。
「いつか、一緒に動画を撮ろう! FFO最強のタッグになって、プレイヤー全員の前で叫ぶの! 私は今、雫と一緒に暮らせて……世界一幸せだって!」
『っ……!!』
私は不幸なんかじゃない。同情なんてされたくない。雫と一緒にいて幸せなんだ。
たくさん辛い思いをしてきたけど、それは全部雫が代わりに受け止めてくれた。
だから今度は、私の番だ。
私の幸せで、雫がくれたこの笑顔で、雫を誰よりも幸せにしてみせる!!
「エルダートレントの最短討伐は、そのための
『……そんなに簡単に突破されたら、私の立つ瀬がないんだけど』
「あはは。その時は、二人でもっと凄い記録打ち立てれば大丈夫だって! まあ期待しててよ」
そんなことを話してる間に、朝ご飯を食べ終わった。
さて片付けようとお皿を重ねていると、ガチャリと扉が開く音が。
驚いて顔を上げれば、そこには食器を持って部屋から出て来た雫の姿があった。
私が無理矢理突入することはあっても、自分から外へ出ることはなかった雫の突然の行動に呆然としていると、雫はそのまま私のお皿の上に自分のお皿を重ね、すぐに部屋へと引っ込んだ。
「……まあ、動画を見るくらいはしてあげる。後でアドレス送って」
パタン、と閉じられた扉の前で、私はしばしそのまま硬直し。
無駄に上がったテンションで発狂し始めたせいで、雫に思い切り叱られることになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます