乙子、はじめての印税



 本日の題名は、サザエさんの次回予告のBGMを各自脳内で再生しながらあの調子で読んでいただけると幸いである。



 先だって郵便局に記帳に行くと、「アマゾンインク」から1955円の振り込みがあったのだ。誰? アマゾン? あの、本屋の、本屋っつーか、いまや車でも坊主でも扱ってる、何でも屋のあのアマゾンか? 預貯金に関して、アマゾンはわたしから奪うのみの会社であるはずだ。わたしがアマゾンで先月購入したものは書籍、シャンプー、靴、金盥、ちょっと前なんか、知らん間にプライム会員になっていた。3900円。そのアマゾンが、わたしに送金してきている。なんの間違いなのか。何か返品したんやっけ。


 刹那わたしはATMを前に、鉄の銛で延髄を刺し貫かれたかのように気がついた。


 これ、インゼエや!!


 わたしがアマゾンで七月に自主出版した落選小説の印税だったのだ。そして次にわたしを襲ったのは、「みなさんありがとうございました」という殊勝な感謝の念を圧倒的に凌駕する、


「少ねぇ!!!」


という心の叫びだった。そらそうだ。売れてないのだから。


 わたしがその小説を書いて電子書籍にするまでに、正規ルートでというのかなんというのか、日陰の子としてではなくちゃんとした形で世に出してほしいと願って、方々の出版社主催の新人賞などへ送っていたその過程で、かかったコストが約8000円ほどなのである。一度は査読料の要る賞にも応募したから、切手代プラスインク代以上に、膨れに膨れた。太宰賞の一次選考を通ったというだけで、なんかこう、トチ狂ってしまったのだ。実に、阿呆はイレギュラーな事態に滅法弱いのである。話がそれるが、石川啄木という人も、学生のときにどこぞに送った短歌がエライ人にちょっと褒められて、俺ブンガクやるわと学校を辞めてしまったんじゃなかったっけ? 相当おバカさんだったのではないかと、僭越ながら同じバカ臭のする者として、わたしなんぞは思うのである。啄木のその後はご存じの通り、働けど働けど、である。芸者屋に通いながらよく言う。けれど実際に才能があり、死後であっても名を上げたところが、わたしとの決定的な違いだろう。


 で、話を戻すと、とにかく突っ込んだ分の8000円を何とか稼いでプラマイゼロにするまでは、わたしは儲かったとは思わない。根が商売人で困る。「損切り」という発想のない商売人である。みなさんありがとうございました、とは思っている。少ねえ、と思ったのと同時に、思ってはいるのである、それは。かき消されたってだけで。そして、今はもはや負けを取り返すことだけが目標になっていると言ってもよい。プラマイがゼロになった時点で絶版にしてもいいと思っている。ということはつまり、おそらくわたしが死ぬまで絶賛販売中ということである。


 身近なひとに、ものを書いています、と発表するのは気恥ずかしいことだ。妄想癖があります、の方がまだ言いやすい。それなら相手だって、わたしもー! と乗ってくれるかもしれない。でも、小説書きました、のひとことは重い。なかなか言えたものではない。言われた方も負担だと思う。どうリアクションしていいか、一瞬懊悩するだろう。お世辞でも、読みたい、と言わなければと思うだろう。無駄な気を遣わせるのは本意ではない。実際読ませたりしたら、心優しいそのひとは「面白かった」以外の感想を言えないはずだ。気の毒千万である。けれども、さあと言って売り出してみて、宣伝する先といったらやっぱりまず知り合いしかなくて、結局わたしは少々のことでは引かなさそうな肝のすわったナイス友人アリガタ知人に「あ~の~…」とメールで知らせた。まさに、恥を忍んで、といった心境であった。この印税は主に、そうした方々のお財布からやってきたのだ。


 わたしは、しかしどうあれ、これは記念すべき初印税なのだから、即時出金して懐紙に包んで白封筒に収め、神棚あるいは仏壇に供えるべきではないのか、と思った。だが、ページを繰ると、すぐ次の用件に当たる欄で、印税とほぼ同額の掛け捨て医療保険料がすでに引き落とされていた。残高はまだあるのだからそれそのものがなくなったわけではないにもかかわらず、まるで印税がその支払いに充当されたようで、超健康優良ババアのわたしは、


「今月中に、是が非でも事故って取り返さねば」


と思った。ほんとに、根が商売人で困る。阿呆の商売人で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る