新しい視点


 自分が貧乳だからといって単なる負け惜しみを垂れているように聞こえるかもしれないが、ずいぶん前からわたしは、人間はつまるところお尻だと思っていた。「人間」と言う以上それは女に限らず男もで、蓋し人間の身体で最も魅力的な部位は臀である。


 自分がラグビーの試合を見ている間は、試合自体の展開と並行して選手たちの臀部から大腿部を観賞していることは既に白状した。ペナルティやコンバージョンを蹴るキッカーがどうしても一番よく眺めやすい形で画面に映るので、南アのヤンチースとか豪のフォーリーとかのぷりっとしたお尻のBK勢(スクラムを組まない、主に後ろでパス貰って走る方の選手のことね)をほめたたえる傾向にある。とくにフォーリーの方はキックの成功率に波があって、今日は大丈夫?! 大丈夫なの?! とこちらに余計な心配をかけてくるところがまたそそる。けれどもそうしたBKの選手たちよりもやはり、わたしが一番好きなのはフォーリーと同じワラターズでプレーしているフランカーのマイケル・フーパーで、もしもこれが家に居たら自分はひねもす尻から太腿を撫で回し、その摩擦熱で結果低温やけどを負わすことになるだろう、こちらの掌も無事では済むまい、とスカパーを見ながら想像して時々遠い目になる。

 でもそういう話をしていても、今や後輩のSちゃんは冷徹に指摘するのだ。

「先輩、介護が大変っすよ」

 そんなことを言われると、ああもう、四十の影が見えてきたらちょっとした男評判にも若い頃にはなかった新たな視点が加わるのだ、と深く深く感慨に耽らざるをえない。思えば遠くへ来たもんだ。


 わたしはプロフェッショナルの老け顔で、生まれてこのかたおよそ年より下に見られたことはなく、十八の時からずっと三十代女性として世間を通ってきたのである。つまり、見方によってはわたしには二十代が全くなかったと言えるわけで、さっぱりワヤやのう! 丸っぽ大損やないけ! と喚き散らしたくなる。ロストジェネレーション失われた世代。意味違うわ。

 ただ、そうして十代の終わりからずーっと三十代をやってきたため、個人的な感覚としては今もう五十二くらいにはなっているように思うのに、実際のところはまだ四十も過ぎていなくて、そうか、意外に若いのか自分は、と静かにびっくりしたりもする。この驚きは、過払い金が還って来たような気分とでもいえばいいのだろうか。顔面と実年齢との老け幅も下げ止まりを見せ、このところようやく年相応と言ってもよい感じになってきたと、自分では思う。


 しかしながらどうにもこうにも齢を重ねて賢くなってきたとは思われないし、いまだにガレージっぽい音楽を聴いて喜んでるし、あと二人くらい産むだけなら産める自信があるし(注:「産む」と「育てる」は別問題)、目も肝臓も今のところ問題ないしで、精神的・肉体的には二十代の頃に比べても特段うわあ、トシやわー、ごっついこと衰えたわー、というように感じることは少ない。一昨年だったかに、「目的はさらなる上昇ではなく軟着陸」と題した拙文で、傷の治りが遅くなっただの髪の毛が痩せたのなんだのとさんざっぱら嘆いたが、その後結局相当の時間を要しながらも問題にしていた顔の擦り傷は完治し、髪の毛の方も慣れたのか事実回復したのか、いまではそこまで気にならなくなった。自分は軟着陸に成功しつつあると捉えてよいのかもしれない。以上のことを平たく言うと、まだまだ若い気ィでおる、ということである。


 若い気分を保つのはいいことだと言われるが度が過ぎるとやはりいけない。それは醜い。変に若ぶったフリをするよりも、オバハンどす、うっとこの焼き飯食べてみよし、という姿勢で生きて行った方がむしろ円満な人間関係を築けるはずだ。


 だからわたしは、Sちゃんの酷な指摘にも無駄な反駁を一切せず、せやなー、と大声で同意して、


1.介護がしやすそうな人


2.自分より元気で長生きしそうな人


 を真剣に選別しようとするが、ラガーマンは全員もれなくムキムキで、練習ごと試合ごとにえげつないタックルをしたりされたり、脳味噌や骨全体に一般人では考えられないレベルの何らかのダメージを受けてるわけで、考えてみればなんちゅう身体に悪げなスポーツなんだ。


 1も2もなく、わたしは黙ってお茶を啜る。

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