わたしはビバヒルを知りません



 私はビバヒルを知りません


 やたら陽気で


 仔細臭くて……


 吸い込まれるように


 面白いドラマだったと


 いいます







 今何を後悔しているかと言って、あんなにヒマで底なし自由だった中高生の頃に、ビバヒルを見ず過ごしてしまったことより悔やんでいることは他にない。


 ビバヒル、即ち『ビバリーヒルズ高校白書』及び『ビバリーヒルズ青春白書』。


 知らないのである、ビバヒル。どんな話か。どんなノリの話か。


 アメリカ人になりたかったわりに、ビバヒルは見てなかった。もっと言うと、『フレンズ』も『フルハウス』も見てなかった。見たことなかった。


 当時のわたしは字幕映画至上主義者だった。吹き替え版の連続ドラマを唾棄すべきものとしか捉えることが出来ない魂の不自由な人間で、NHKで放送されていたそういう海外ドラマのすべてをスルーしてきてしまったのだ。しかも、「何時にどこ」という指定を受け行動するというのが大の苦手で、毎日あるいは毎週特定の曜日の決まった時間にテレビの前に座る、ということがまず出来なかった。これは今も苦手なままである。


 そして致命傷だったのは、出演していたシャナン・ドハーティの顔面がどうにもこうにも気に入らず、受けつけられなかったことだった。わたしは月刊の洋画雑誌、『スクリーン』か『ロードショー』を毎月読んでいた。キネ旬でないところに改めて己が限界を見る思いだ。ともかく、このミーハーな二誌には映画作品だけでなく海外ドラマの情報も載っていたから、話の筋や実際の映像は知らなくても、出ていた俳優陣のことだけはうっすら見知っているのである。ルーク・ペリーとかトリ・スペリングとか。今調べなくてもこんなにすらすら彼らの名前が出せることに自分でもびっくりする。中学生の脳味噌はすごいなあ。どうしてもっと有益なことを覚えなかったのかね。孫子の兵法とか。


 さておき、そんなわけで、出演者のことは記憶にある。だが彼らがそれぞれどの役だったか、それは全く知らないの。見てないから。





 後悔はじわじわやってきた。大学の終わりくらいからだったか。仲良しの友達や知り合いが、ビバヒルネタでボケを振ってくるのだ。ごめん、ビバヒル知らんねん! と拾えなかったことを詫びなければならないときの申し訳なさ、そして自分の「オモロイこと知らんで損してる感」、これが大変つらかった。ビバヒルでかましてくる人々というのは、なぜかわたしが非常に入れ込んで愛し愛されたいと思っている素敵なブラザーアンドシスターばかりで、それに乗れないのはまさに忸怩たる思いだった。


 決定的にいかん、ドハーティのことさえ我慢しておけば今頃こんなことには、と思わされたのはなだぎと友近の「ディランとキャサリン」を見たときで、ほぼ何も知らないわたしにとってもあれはかなり面白かったが、もしもビバヒルについて100%わかっておれば、という思いを抑えることは出来なかった。うおおお、ビバヒルを見ていなかったがために、こんなに不利益被ってる気分を味わうことになろうとは。


 以前にも書いたように思うが、知識や教養というのは、ものごとを面白がるための筋力なのである。ボディビルダーの体が実は使えないというのと同じで、それにがんじがらめになってしまって素直にものごとを楽しめないという状態に陥ってしまうのも困りものだが、やはりいろんなことを面白がるためにはある程度広く浅くでよいから基礎を鍛えておかなくてはならない。ビバヒルは基礎の教養に入るか? 入るのである。仁義なき戦いも、AKIRAも、必殺シリーズも、全部入る。森鴎外を全作読んでるより、デカルトを一から十まで理解しているより、そっちの方が現代日本における基礎筋力としては上である。そしてわたしはこれらについてはことごとく、なんとなーく薄ぼんやりと、くらいにしか知らない。悲しむべきことである。





 この春にも、某大学の講師をしている後輩のSちゃんに「タケノコ掘りにおいない、ついでに今読んでる本でどうしても意味不明の箇所があるから教えて欲しい」というメールを送ったところ、







>>


せんぱい、ワーオです!


(ビバヒルのデビッド風に読んでください。ビバヒル見てましたか!?)


お安い御用さ!(ブランドン)


楽しみです!


姉上(でびっど)、お誘いあんがとよ、ニッヒヒ(スティーブ…もういいか)


学会前で情緒が乱れています。妙な返信をごめんなさい[(*´-`*)]


いいか、落ち着くんだ、何もありゃしない、んぉちつくんだ(ディランマッケイ)


________end_________







 という返信が来てしまった。わたしは泣いた。滝のように。

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