御厨塚行進曲


 去年自動車のタイヤを買換えに行ったときのこと、応対してくれたお兄ちゃんが屋外の売り場に案内してくれながら言った。


「ぼく癖毛なんで、ほんま梅雨、嫌ですわー。くりっくりになりますわー」


 その日はわりと降っていて、たしかに兄ちゃんの髪の毛は大変ウェーブの効いたワカメ風の盛り上がりを見せていた。


「あー、わたしも、この時期は毎日アホ毛全開ですよ(なんでかみのけがしものけみたいになるのかと思うね!)」


「サラサラの毛ぇのひと、うらやましいですよねー!」


「ねー!」



 サラサラの髪の毛のひと、といえば、大学の頃喫煙所でしょっちゅうガラムを分けてくれたミワコさんだ。ミワコさんは一コ上だったのだと思うけど、とにかく単位が揃ってない、いよいよほんまに留年する、ヤバい、という話しかしたことがない。ミワコさんは同じくヤバい予備軍だったわたしに、語学の一番取りやすいのはロシア語だと教えてくれ(難しすぎて教師も匙を投げているので、筆記テストも持ち込みOKだし、問題の要所は全部事前に公表されるし、とにかく出席すればいいらしい)、わたしはミワコさんに、これとこれは登録しても無駄です、先生が怖すぎます、などと消去法的情報しか差し上げられなかったけども、ふたりして紫煙を上げながらひっそりコーラを飲んだりしていた。ミワコさんは全然化粧っ気がなくて、たいがいわたしとおっつかっつのくどい柄シャツを着ていたが、まっすぐな長い髪はいつもつやつやでサラっサラだった。でもこれがニコ臭まみれになってしまうのはちょっと惜しいんではないかと思って、本人にもそう伝えたことがある。ミワコさんは、今までそんなふうに言われたこがなかったらしい。髪の毛?! 髪の毛ってこれか?! とか言って耳元のひと房を引っ張って見せるので、それしかないやろというツッコミをまなざしに込めながら何度も頷いたことが思い出される。


 そのように、わたしは女性に関しては、髪の毛サラサラの価値を非常に高く置いていたのだけれども、男子の髪の毛については「どっちでもええんちゃう……?」としか思ったことがない。だから、むしろ、髪のきれいな男子を見ると、無駄やなー、と思ってしまう。女の子やったらよかったのにね、とか。どうしてかはわからない。ただ、いい悪い別にして、髪の毛サラサラの男子を見かけたら例の「檀れい現象」で反射的に「キューティクル」と言う。かならず言う。



 ラグビー中継で堀江君(堀江翔太、パナソニックワイルドナイツ所属)を見るたびに、「キューティクル!」と言いまくっていたわたしだったのだけれども、ちょっと前に堀江君は、あれなあに? アフロっての? 前髪だけコーンロウなの? とにかく、ものすごい爆発系のアタマにモデルチェンジしてしまった。[注:本稿は6月27日筆]


 どうした?! サザエさんか?!


 わたしは画面の前で騒いだ。うーん、日本代表のテストマッチを見ていると、たしかにメンバー一丸となってあの海産物一家になろうとしているのではないかと思われるのである。サザエさんが堀江君で、最近刈り上げになった松橋はタラちゃんだ。リーチが波平で、お団子してるマフィはフネさんで、ハーフの田中はカツオに決まっている。大小の対比からすると松橋(180cm)と田中(166cm)の配役はたしかにおかしいが、わたしがいま問題にしているのはアタマと顔面と個々の雰囲気なので気にしない。何なら遠近法で対応してくれ。そしてサンウルブズの方にはサザエさんとしてもう一人サム・ワイクスがいるが、これは堀江が途中交代などした時に、「主役不在」という事態を招かないための処置かと考えられる。すげえ、長谷川町子記念館にぜひとも電話した方がいい、タイアップして宣伝材料にするとか、などとわたしは大変盛り上がったが、似合うか似合わないかで言うと、堀江君には爆発パーマは似合っていないと思う。もとのサラ毛に戻した方がいいんじゃないか、もったいない、と、わたしは男のサラ毛をはじめて惜しんだのだった。


 ところでその堀江君のアタマのこと、日本ラグビー協会はよく思ってないみたいよ、というニュースを、後日夫が教えてくれた。


 平たく言うと、あんなアタマ、日本代表のラガーマンにはふさわしくない、ということらしい。びっくりした。2017年の今日、まだそんなことを言う化石がいたのである。個人のアタマと競技に関する力量は関係ないだろう。プレー中も毛が垂れて前が見えないとかいう、どっかの室内犬みたいな髪型だったらアンタちょっと何とかしよし、くらいのことは勧めてもいいのかもしれないが、髪型が不適切って、三十過ぎた大人に他人が言うことではない。学校ではないのである。



 ウチのお兄ちゃんが通っていたのは校則の厳しい私立男子高校で、月に一度、いや毎週だったか、運動場に並ばされての服装および身体頭髪点検があって、少しでも髪の毛が耳にかかって伸びていると、生徒指導の先生の手で「御厨塚行進曲じゃ」と列から引き出され、学校近くの御厨塚というところにあった理髪店へ連行され、丸刈りにされる決まりだったらしい。お兄ちゃんは今おもしろおかしくそういう自分の高校時代の話をしてくれるが、さすがにそれが一生続くとしたら誰だって御免だろう。


 大人には御厨塚行進曲なんか必要ない。堀江君も無視したれ。

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