(附記)三部作
先々週先週にお送りした「英国生まれの高貴なお菓子」「マイ美女軍団」と、本日の「つつがなしや友垣」を合わせた三本が、わたしの中では三部作という扱いに、構想的にはなっている。
「スマートでハッピーなモテ系女子街道という幹線道路から二メートルほど隔たった、葛とイバラの生い茂る藪道を掻き分け掻き分け、不毛で頓馬なトライアスロンのようなことをしてきた」(https://kakuyomu.jp/works/1177354054887731454/episodes/1177354054887731821)
自分のことを好きな男の子にすら自転車から振り落とされるという「残念なわたし」についての話、そのわたしのすぐ隣でダブルブッキングのデートをどう始末するか頭を悩ませていた友人、はー太郎・ザ・グレイトの話、男子にはモテなかったけれども、素敵女子たちとの付き合いについて言うならわたしは本当に果報者だという話、これらはわたしにとってはすべてひと続きの事象なのである。
昨日はー太郎と電話でしゃべっていたとき言われた。
「ウチ、あのスコーン焼く矢野君なんて人、聞いたことなかったで!」
「あー、多分誰にも言うてへんかったんちゃうかなあ」
「それは『モテた』にカウントせえへんの? ウチやったら完全にカウント取るけど!」
「キヨハラ以外がかかったところで意味ないやん。何の自慢にもならん」
はー太郎は、潔いなー、さすが、と褒めてくれているのか何なのか、とりあえず爆笑した。でも続けて、編集ひとつであれだって充分「自分のモテ話」になりうる、てゆーかウチならそうする、という意味のことをはー太郎は言った。
「だいたい自転車から落とされたところをピックアップせんでもいい! そこは一番言わんでいいとこやん! 昔からな、アピールポイントが間違ってんねんて!」
「でもさあ、その方がウケるやん! 男子はともかく女子にはウケるやん!」
「けど女子にウケて何になるん?! 何のメリットもないやろ!」
「楽しい人生が待ってるがな!! ええやん、自転車から落とされてこそ遠藤イブやろ? そっちのほうがオモロいやろ?」
「そら聞く分にはオモロいけどさー!」
「な? ええやろ、もうそういう芸風で来てんねんからしゃーないねん」
この「芸風」というのは「自己演出」という言葉にも置き換え可能である。自分に関する情報の何を開示し何をしないかを判断し選択する。はー太郎はモテの障害になると見るや自らのジャニーズオタクぶりを隠匿した。詳しくはやはり「形」を参照されたい。言っていいこと言うべきこと、言わなくてもいいこと言うべきでないこと、はー太郎は常に「男にモテるか否か」に照準を合わせてそれを選んできた。わたしや、後輩のSちゃんはそんな天才演出家の技量をひたすら感嘆のまなざしで眺めながら、天才のいわゆる「間違ってるアピールポイント」をガンガン開示、勝負に出るも出ないも、そもそもそうした土俵に立つことを初手から拒否してずっと不戦勝だと思い込んできたのだけども、
「今考えてみればあれは完全に全戦不戦敗ですよね!」
と、Sちゃんは最近半笑いで総括していた。
Sちゃんは自己紹介を求められた際には
「淀川区から来ました佐々木光太郎でーす!」(注1)
と必ず答えていた、という自らの過去を振り返り、そんなこと言っても何の得にもならないのにねー、と昔の我が身を憐れんでいたが、多分開示しなくていい情報を敢えて開示することは、
「のれるか? これにのれるか? わたしと仲良くしてくれるか?」
という踏み絵を懐から取り出していきなり相手に押しつけているのだ。そうしてこちらから、相手を試しているのである。
のっけから狭いところにわざわざ投げ込むクセ。これによって得られるものは確かにモテ、すなわち不特定多数の男子ではない。ひと握りの、自分とよく似た嗜好と志向をもつ女子だけだ。結局わたしはモテよりも友達が欲しかったということなのだろう。まあ、ときどきは男子も引っかかることがある。そしてそれはキヨハラではない、ということだ。
(注1)岡田あーみん作『お父さんは心配症』を読んでいた人にしかわかるまい。Sちゃんのお里は九州だ。
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