正解がわからない
未知の食べ物、飲み物を口にしたとき、それに対する反応は四つあると思う。うまい、まずい、どうでもいい。そして四つ目が、
「これ、合ってんのか?!」
という疑問と困惑である。まあ、あくまでもわたしの場合、ということだが。
初めてしょうが湯を飲んだのは中学三年生のときだった。生まれて初めてつきあうことになった創はじめ君と、生まれて初めて大晦日の夜中に近所のお寺まで初詣に行き、除夜の鐘を聴いて、ふるまいのしょうが湯を頂いたのだ。まさにハジメづくしだったのである。
湯呑の中身を一口飲んだときの衝撃は忘れられない。そのとき目にしていた境内の赤い幟や、人垣のつくる影を、わたしは今でも思い起こすことが出来る。
「これ、合ってんのか?!」
わたしは思った。これが、正解の味なのか? これが、余人には美味いのか? 何かどこかで間違ったんじゃないのか。ほんとにはじめからこの味にしようと思ってた? すげえ甘いんですけど! 味、生姜やのに! 生姜やのに甘い!! いや、寿司屋の生姜も甘いけど、それとは全然違うジャンルの!
わたしは当時甘味をほぼ全く受け付けない子どもだったため、ショックはひとしおだった。うまい/まずいを超越した感想。うまくはない。けっしてない。ではまずいんだなと言われたら多分そうなのだろうけれども、「まずい」という尋常の言葉では処理しきれない「この飲み物は、この味で正解なのか」という疑念の方が圧倒的に勝ってくる。まずまっさきに、それが来る。この味を、世間は許容しているのか。あまつさえ、うまいとすらされているのか。これが? まじで?
その初詣に関する記憶はそこでぷっつり途切れる。頂いたしょうが湯を全部飲めたのかも(わたしのことだからおそらく飲んだろうとは思うが)、創君に、この飲み物に関して何らかの意見を求めたのかも、全く覚えていない。あまりの衝撃で、システムがダウンしたのだと思われる。
それから十五年ほど経って初めて甘酒を飲んだとき、それから甘茶を飲んだときにも、同じ感情が発動した。口に入れた瞬間、
「うーわ、うーーわ、うーーーわ、合ってますかー!? 合ってますか、コレー!」
と内心右往左往するあの鋭い一撃。思わず周囲を確認してしまう違和感。けれどみんな平気な顔をしている。おいしー、と言って、お代わりする人までいる。そこでようやく認識する。
「……合うてんねや……」
勧められたらとりあえず試してみる性質である。だから、未知の飲み物を飲む機会は多い方だったと思う。たとえば多種多様なカクテルの類がそれである。ただ、ベースとミキサーに関して予備知識があればある程度の心づもりは出来てしまうので、まったくシロの状態から挑むのとは違う。そんなわけで、まっずー、と思うカクテルはあっても、「合ってるのか?」と一足飛びに疑問に至ることはまれである。わずかにチンザノを飲んだときに一度、「合ってんの?」と思ったことがあったけれども、やはりそれは、チンザノ自体が何だかわからなかった、という部分に負うところが大きい。
しかし、しょうが湯。その後も何度か飲んだ。けれどもその度に、「これさあ、」と言いたいことが脳内に溢れ、あちこちからぶら下げられた裸電球とクリップ式のライトとで黄色く照らされた床几や、灰色の梵鐘や、青鈍色の地面の様子が目交いに浮かんでくるのだった。既知の飲み物となったにもかかわらず、いまだに、これほんとに合ってんのかな、という所感だけを再生しているのだ。いったいあれは、うまいのか、まずいのか。
ちなみにわたしにとって「どうでもいい味」の双璧はハウスのとんがりコーンと、明治製菓のうすあじのカールである。それこそ、どうでもいいんだけど。
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