一山当たって欲しいわけ


 昨年の11月7日、わたしの喉は潰れていた。パート先でもジャニス・ジョプリンのようなハスキーボイスで客の注文にこたえた。前日、高校時代のラグビー部の後輩と昼御飯を食べに行き、しゃべり過ぎたのである。一緒にマネージャーをしていた二つ年下のあーちゃんとゆーちゃんで、あーちゃんは一年ぶり、ゆーちゃんの方はもう七、八年も会っていなかったものだから、積もる話が伊吹山ばりに高くなってしまっており、食った物の味も覚えていないくらい話に夢中になったのだった。


 その前の土曜日にテストマッチ、日本対アルゼンチン戦があったため、当然我々はその試合の話題でも盛り上がったのであるが、ほかにも前日本代表主将のリーチ・マイケルが奥さんとやっているカフェの飲み物は絶対全部SAVASのプロテイン入りだろう(カプチーノとか特にわからなさそう)とか、中川家の礼二がテレビで時々見せるレフリーのものまねがあまりにもあるあるああゆう人いたいたで死ぬほど面白いとか、お互い誰に言うこともできずに貯めこんできたラグビーがらみの話を散々した。しょせんラグビーは日本ではマイナースポーツだから、話題を出す相手を選ぶのである。


 先輩後輩に会う機会にいつも強く感じることは、体育会の礼儀、端的に言うと長幼の序列というのは卒業していい大人になってもずっと変わらず続くのだなあということで、この日も彼女らはわたしを上座に据え、ウェイトレスさんにはわたしの注文を一番に伝えて、お冷もカトラリーもまっさきに回してくれた。社会人であればその程度のことはして当然と思われる向きもあるかもしれないが、世の中にはいろんな人がいるし、なんというか、たとえば村の婦人会だとか、年齢は様々だけれども立場的にはまあ同等といった人たちの集まっている場における気遣いや遠慮とはまた別物の、明快なシステムがそこには機能しているのだ。


 我々が高校生だった頃からOB会の事務方として部に関わってくださっていたずいぶん上(多分二十期以上離れている)のOさんという先輩が、ご自分より一年上の元主将から電話がかかってくると、何をしていてもとりあえず取る、仕事中でも取る、そのときは我知らずキョーツケの姿勢になっている、いまだに、と笑って話して下さったことがあった。わたしも一昨年、マネージャーではなく部員の方の一年後輩J君に真昼間、急ぎでもなくたいして意味もないいわばご機嫌伺いのようなメールを送ったら、数時間後ちゃんと丁寧な返信があって逆にびっくりしたことがある。彼はけっして暇なのではなくちゃんとした超有名企業の勤め人で、むしろ多忙の人なのである。暇なうどん屋のパート従業員のメールなんぞ、全く無視してもよいと、送った本人が初めから思っていたくらいである。


 それから半年ほどして、お盆に企画された飲み会でJ君に会うことができた。その節の迅速な返信への礼を陳べて、


「むかしOさんがかくかくしかじかのことを言うてはったけど、J君があんなどうでもいいヒマ人のおばはんのメールにすぐ返事くれたときに、これか! 一生続く体育会の年功序列制! と思った」


と言うと、その席にいた全員がわかるわかるとげらげら笑った。みんな思い当たることがあるのだった。


 とししたはとしうえにしたがう、と書くと全く以て小学生か猿の社会のようであるが、つまりはそういうことである。その代わり、としうえはとししたをたすける、というのもそれと背中合わせにある決まりである。もっと具体的に言うと、としうえはおごりましょう、ということだ。しかしながら、あーちゃんゆーちゃんと会った十一月六日に、わたしが彼女らのメシ代をばあんと出せたかという点については、血を吐く思いで恥を忍びつつ申し上げると、端数の一円まで割り勘にしてもらったというのが実情で、まこと慙愧の念に堪えない。わたしは、ヘタレな先輩でごめん、と謝ったのだった。今年ウチの竹やぶから石油が湧くか、わたしの電子書籍が村上春樹に激賞されてバカ売れするかしたら、百回くらいてっちりに連れて行ってあげようと思っている。

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