Aちゃんちの晩ご飯
わたしの友人であるべっぴんさんのAちゃんは、今のところ結婚もせず、ばりばり働いて、一人で暮らしている。そういう境遇は、とかく自由である。何において自由かというと、食生活だ。わたしのように、曲がりなりにも、自分以外の人間のためにも食事を調理し提供しなければならない立場にはないAちゃんは、常に自分の欲望に忠実で、好奇心に富み、実験精神にあふれ、いろんなことにトライしてきた。
たとえば、「スイカ祭」と銘打って、夏場スイカを主食にする。楕円形の小玉スイカを丸ごと一個ないし二個食べるのが晩御飯である。一か月近くやってみたが、体調を崩したりすることはなく、ただ利尿作用が半端ではないので大変忙しかった、というのがAちゃんの談であった。Aちゃんは大体、何においても「丸かじり」という行為が大好きで、「パイナッポー野人食い」と称してパイナップルを丸のままかぶりつきで食い、鼻から下が腫れあがったこともあった。顔下部の表皮はもとより、口腔内、咽頭部など一連の器官の激痛に意識が遠のく中、思いつきでブラックガムを頬張ったところ見事に不快感が一掃されたそうで、
「また新しい発見をしてしまったよ」
という告白を、わたしは受けた。常人ならそんなときガムなんかに手を出さないだろう。実にファンタスティックである。
あるいは、出来る限りゴミを出さないキャンペーン。とにかく食材を限界まで食べる。野菜なら皮をむかない、種も食ってみるなどする。「長芋も皮つきで食えることがわかった。みかんはいまや皮ごと食うのが当たり前。干しシイタケはシリアル感覚でいけるんじゃないかと思って、乾燥状態のまま軸までぼりぼり食べてみたけど二個が限界、あと胸やけが激しい」とのこと。ちなみに、Aちゃんはしばらくして、
「食えるということと、食って美味いか不味いかということは全く別問題」
ということにはたと気がついてこのキャンペーンを撤収した。
他にも数々の企画が展開された。「クサイモノ祭」(世界中の発酵食品をはじめ、とにかく匂いのキツいものを賞味する)、「全日本噛みごたえ選手権」(毎日顎の許す限り固いもの、噛み切りにくいものばかり食べる)、そしてわたしが最も注目し、また自分も参加したのが、「生食チャレンジ」である。火を通して食うのが一般的と目される食材を敢えて生のまま口にし、何が美味いかを探究する試みであった。我々は不定期で、自分の生食したものを書面で報告し合った(我々はこの21世紀のネット社会において未だに郵便で文通しているのである)。
わたしは自分の居住地の利を生かし、「火を通して食うのが一般的」というようなくくりを初手から逸脱し、それ以前に「そもそも食えるのか」という事前調査から入らねばならない「雑草食」について主にレポートを重ねた。ツユクサはくせがなく、オドリコソウとウシハコベは泥臭いです、ホトケノザはハーブっぽい香りがします、ヤブカンゾウは甘みがあっておいしかったけどボウル一杯食ったら確実に腹を下します、でもとりあえずどんな草もマヨネーズ和えにすればマヨネーズの味しかしないし、ミツカン味ぽんリケンの胡麻ドレッシング和えも然り云々。調査期間中はわたしがあまりにも躊躇なくその辺の草をむしゃむしゃするので、子どもが真似をして困った。
Aちゃんはナス、レンコン、カリフラワー、やはりいずれも「丸かじり」の流儀で手を出し、何度目かのお便りで、
「ユリ根は生で食べて大変おいしくねっちゃり甘く、とても気に入ったのだが、おがくずに埋もれた状態で売られているのが難点で、会社帰りスーパーに立ち寄ってこれはというのを掘り起こすまでにスーツはおがくずまみれになるわ居合わせた素敵な殿方にも不審の目を向けられるわ、先日は耳かきをしていたら耳からおがくずが検出されたため、ユリ根からは手を引いた」
と書いてきた。おがくずのおかげで正気に戻ったと思われる。
Aちゃんは盆暮れに必ず何か食べものを送ってくれる。全国品評会で一等をとった牧場の牛肉が届いた年もあれば、北九州の八幡製鉄所で発明されたという「堅パン」なるビスケット(名にし負うその堅さたるや! 外装に、歯に自信のない奴は食うな、という意味の、慇懃ながら断固たる警告文が書いてある)だった年もある。その時期になるとわたしは常にわくわくしている。当方も、Aちゃんに送りつけることを目的とし、おいしいものやおもしろいものを食べた際には必ずメモをとることにしているのだけれども、早くもそのリストが長くなりすぎて死ぬまでに全部は送りきれないのではないかと危惧しているところである。そうしてリストを見返したとき、すげーな飽食ニッポン、と若干の畏怖とともにしみじみ思う。
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