化粧品に関する



 わたしの化粧ポーチの中身は、主にひとからの貰いものと過去の遺物で構成され、だいたいポーチそのものも中のフスマが外れているような年代物で早よ買い替えろや、という有様なのであるが、このポーチだって元は頂き物なのだった。みなさんありがとうございます! また何か頂戴!


 だがこんなわたしにも、時には自分で化粧品を買わなければいけない局面が訪れる。九割九分、クレンジング剤、保湿オイルといったいわゆる基礎化粧品の類である。そしてそのほとんどが、前と同じものを買うだけなので手間もためらいもなく、インターネットで注文して終わりなのだ。五秒。


 ただ残りの一分、確かなことはわからないが体感としては九カ月に一回くらいの頻度で、迷いに迷って「それ以外」を買うことがある。


 マスカラである。


 まつ毛は常に上を向いていなければ、というのは某社製のマスカラのパッケージに刷られたコピーであるが、まつ毛は常に上を向き、かつさらに濃く長くなればいうことはないんだがなあ、あとうどん屋の釜の湯気にも滲まず、激務に伴う己が分泌物に耐えうる持久力が必要也、とわたしの要望はとどまるところを知らないのだった。だったらエクステにしろ、と言われそうだけれども、医師免許も持っていないひとたちに眼球という非常に重要な臓器周辺をいじらせるような勇気はわたしにはない。まあそんなことを言い出したらマスカラを使うこと自体、あの筒ん中でバクテリアが繁殖してどうのとか、世間の潔癖さんたちは眉をひそめるのだろうけれども、そのあたりは、次女がかかっている眼科の女医さんが頗る濃いぃ目元メイクをしているのを見て安心しきっている。先生、盛りがすごいです!ちなみに先生はジュディ・オングに似ている。どうでもいい情報。


 マスカラを買うにあたっては、とにかく失敗が許されない。一本千円以上はするものだ。千円あったら家族のおかずが何品作れるのか。わたしが自主出版した落選小説の印税だって、今のところ二千円しかないのである。二千円といったらホワイトホースならぎりぎり二本買えるが角瓶なら一本しか買えない額である。毎日二〇年物の山崎で乾杯したいといくら願っても、世の中は当然厳しいのだった。


 さておき、マスカラの話だ。ここでわたしはまたもネットに頼る。買う前に、口コミサイトを、チェックするのだ。恥ずかしい行為である。いや、恥ずかしいと思う自意識が恥ずかしいのかも知らんけれども、何というか、オマエ三十五になってもまだ新しいマスカラとの出会いを求めてどうにかなろうとしてんのか、ということを、もう一人の自分がつっ込んでくるのだ。


 でまあ恥ずかしながらひと通り、予算と効果の折り合いがつきそうなヤツに目星をつけるのであるが、ここまで済むと一人殺すも二人殺すも同じ、みたいな心境になって、ついでに固形石鹸の口コミも見たりする。私見ながら、石鹸は大事である。


 こういうサイトに書き込みをしているのは本当に幅広い年齢の人たちなのだ(あれが本当ならば)。ただやはり、六十代の人よりは四十代の人の方が多いし、それよりさらに多いのは二十代だったりする。そして、若いのにはバカなのが多い。当たり前か。高校生とか。バカというか、無茶なのである。言うことが。


「コレぉ使ったらニキビできた(泣)」とか。


 使わんでもできるわそんなもん! 当然やろ!! お前ら十七とかやねんからそんなんタイミングの問題じゃ!


 と、コップ酒片手のオバハンは思うのである。あと洗顔石鹸の口コミで笑ったのが、


「目に入ったらすごくしみたので、☆マイナス1で」


という書き込み。目にはなるべく入れないでください、と石鹸会社の人になったつもりで項垂れる。じゃあなにか、果物の口コミサイトがあったとして、「岡山県産でおいしい白桃ですが思いっきりかぶりついたら真ん中に種があって歯が欠けたのはちょっといただけない」とかいうのはアリな物言いなのか? 手短に言うと、全面的にアンタが悪いわ、ということだ。


 ネットの口コミというのは新しい、実に独特の世界で、どう付き合っていいのかわからないのだけれど、友人も、某大手通販サイトの口コミ機能について、


「『商品はまだ届いていませんが、期待をこめて☆4つ♪』とか書いてあるのを見たら、それだけで買うのをやめたくなる。こんな(ピーーー)が買うんだと思うと」


と言っていた。なかなか、折り合いがつけられないのだった。おれたち来年年女。

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