W杯を見て思い知ること



 知らねーよとお思いだった方もあろう。毎日毎日うるせーなとお思いだった向きもあろう。


 先のラグビーワールドカップのことである。


 わたしはラグビーが好きだ。


 ラグビーに何の興味もないひとたちが、メディアにおける連日の騒ぎをどれほどうっとうしく思っていたか、わたしは分かっているつもりである。いや、ほんとうにこれっぽっちの興味もないひとならば、あの熱狂ぶりもどーでもいいと無視できているかもしれないけれども。まあ、それがどうした、くらいの苦々しさは感じていただろうなと想像するのである。


 サッカーワールドカップの時期、いつも自分がそうだったからだ。


 わたしはサッカーに対して毫も興味がないものである。もっと思い切って言うと、いけ好かんスポーツだと思っている。我らが東海林さだお先生が、「サッカーはヘンだぞ」(文春文庫『明るいクヨクヨ教』収録)という素晴らしいエッセーの中で、ゴールを決めた選手のみせるパフォーマンスの浅ましさなどについて存分に書いておられるが、東海林先生の主張に僭越ながら付け加えることがあるとすれば、サッカー選手は接触プレーの際すぐ転ぶ。そんで、ものすごく痛そうに振舞う。結果相手にイエローカードが出たりすると、さっきまでのた打ち回っていた男が途端にすっくと起き上がり、イエー、らっきー、みたいな感じでタタタと走り出したりする。異なる競技を比べる無意味を承知の上で申し上げるが、ラガーメンはそんなことで四の五の言わんのだ。あんなふうに寝そべっていると、休憩すんな! はよ起きて走れ! と怒られる。痛くても我慢。ぶつかってなんぼ。そんなスポーツである。ラグビーは。


 サッカーW杯に対して、だから、日本が勝ってよかったとか、負けて悔しいとか思ったことはこれまで一度もなく、とりあえず新聞もテレビもなんかもっと他の話せえよ、と軽くイライラする、そんなわたしであった。わたしは野球も好きで、なんの因果か阪神ファンなのであるが、阪神ファンの一部に見られる「阪神が好きという以上に読売が嫌い」という病気に罹患しており、ワールドベースボールクラシックなどを観ていても、読売の選手が出てくると俄然応援したくなくなってしまうのである。全然オールジャパンな気分にはならないのである。そこにはただの難病系阪神ファンがいるだけである。さらに言うと、サッカーなり野球なりテニスなり、なにかのスポーツの試合を見た人が「感動しました!」「元気をもらいました!」などと感想を陳べるのを見聞きするたびに、反射的に「アホちゃうけ」などと侮蔑のことばを吐いていたわたしであった。


 それがこのたびのラグビー、対南アフリカ戦を観て、今まで本当にすみませんでした。と心の平謝りである。全面的に悔い改めた。じぶんも頑張らなければ、なんかツライことがあったらこの試合のことを思い起こそうと思う、などとこれまで抱き得なかったスーパー・ポジティブな所感を周囲にじゃじゃ洩らしにしてしまった。他人のことをとやかく言っていてはいけない、と強く反省した次第である。「明日は我が身」という箴言の応用範囲の広さを思い知る。



 作家の円城塔氏は産経新聞に連載しているエッセーにこれまで再三ラグビーの話題を出していた。円城氏の書く難解な小説や、小説を書くまでは物理学をやっていたという来歴や、どことなくほんわかした外見からすると、ラグビーなんかに興味があるのは少々意外だった。南ア戦の前日に掲載された「ラグビーW杯キックオフ」という一篇は、ラグビーが日本ではマイナースポーツであることを前提に、次回W杯の開催国であるのだし、「今大会から多少なりともなじんでおくことをおすすめしたい」と独特のテンポと風味の文で懇々と説くものであった。全文引用したいくらいである。


「大切なのは、選手たちの生活に気を配り、健康や名誉を考えることであり、なによりもまず、気にかけるところからである。/無視されて戦い続ける事は誰にもできない。」


 これが締めくくりの文章だったのだが、南アに勝ってどうだ。この騒ぎよう。五郎丸君が男前だったことで騒ぎの程が四割増しくらいにはなっていると思われ、人間がいかに顔面を重視しているかが窺い知れるが、とにもかくにもよかったよかったとしか言いようがない。まあ、これをあと四年もたすのが大変なのだろうけど。ここからもっとしんどくなるのだろうけど。きっかけをつくるのも大仕事だけれども、出来たものを維持するにはそれ以上の力が要るだろう。ハードルはどんどん上がる。メンツがある。それに見合う名誉もあるけれど、苦しいと思う。


 体を張る男たち。体には心も含まれていて。

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