夏の元気なご挨拶


 八月、所用があって大阪府茨木市に行った。約束の時間まで暇があったので、近くにあった市立川端康成文学館というところに立ち寄った。日本が世界に誇る文豪、川端康成の出身地が同市であるということで、ゆかりの品物などを展示している小さな資料館のようなものであった。おもろいかおもろないかでいうと、職員や関係者各位には大変申し訳ないのであるが、別におもろくはなかった。まあ、地方自治体がやっているハコものというのは、えてしてああいう感じだろう。その代りといってはなんだが、入館料はいらない。わたしには、汗をじゃんじゃんかいていた身をさらなる日差しから一瞬でもかくまってくれくれて、非常にありがたい建物ではあった。


 ただ一点だけ特筆すべきことがあり、それは何かというと、片隅の売店に並んでいた絵葉書についてである。


 ものすごく怖い葉書が、あったのだ。


 川端康成の、肖像画であった。


 こんなものを、売ろうというのか茨木市。一枚五十円で、妙に良心的な価格ではあったが。


 バストアップというよりも、ほぼもう顔面のみの絵で、康成が白髪を振り乱して笑っているのか嗤っているのか、真っ赤な口を「っシャーー!」と言わんばかりに開け放っている木版画である。口の中の赤は本物の血液で彩色しました、とか説明されたらああそうですかと簡単に納得してしまいそうな迫力がある。『利根川図志』に描かれた禰々子に、似ていなくもない。みうらじゅん氏の言う「カスハガ」とはまた別の趣ある、とにかく不気味な葉書である。


 わたしは陳列台にあった十枚のそれを買い占めた。オマエ気は確かか、と目で問うてくる係の人をあえて無視して代金を支払い、そそくさと表に出た。


 そしてわたしはその夜、何通もの便りをしたため、昼間に購入した絵葉書ともども妥当な大きさの封筒に収め、発送の準備を整えた。以下が送り状となった文章である。



 前略 晩暑の候眉毛もあんまり手入れが過ぎると問答無用で目に汗が流れ込んでくるなんていったい誰が教えてくれたでしょう。そういうことを少しずつでもわかってゆくことが本当の勉強なのでしょうか。いえ、そんなことはどうでもいいのです。そちらはいかがお過ごしですか。この暑さの中、なにかやらかしておいでですか。今日は、ちょっと珍しいものを手に入れましたので、おすそ分け致します。


 昼間に、茨木市の川端康成文学館というところに行ってきました。文豪カワバタの資料館です。展示は大したことありませんでしたが、同封のハガキは逸品でした。お好きなようにお使いください。例えば玄関口に張り付けて魔除けに。あるいは半周ひねって、逆に魔寄せに。併せて護摩など焚くもよし。あるいはこれで、残暑見舞いを。それは心に残る軽めの嫌がらせ。またの名を慇懃無礼という。いざ、嫌いな上司や気に入らないママ友に一筆啓上death YO



 数日後、わたしの元には多くの返事が舞い込んだ。「あと五枚くれ」「早速ひとに送った」などと、すさんだ文面もあった中、「一体おまえはどこで何をしているのか」という一言が、ぐっとわたしの肩を掴んだ。

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