鴨川等間隔


 岡崎体育の曲に「鴨川等間隔」というのがある。インディーズ時代のCDに入っていたのが、この六月、メジャーレーベルからの新譜に再演収録されて売り出された。旧バージョンはyoutubeでも視聴できる。わたしは“鴨川等間隔”の風景について歌った一回目と三回目のサビよりも、中の二回目の、木津川BBQに関する歌詞の方がより強く感情移入出来て好きなのだけれども、皆さんご存知ですよね。鴨川等間隔の法則。京都市内を流れる鴨川の河川敷に居並ぶカップルの間隔にはある一定の規則が見られる、というアレ。


 座っているのは実際のところ男女のカップルだけではなく、高校生の集団、おじいちゃんズ、キャバっぽいお姉ちゃんたち、いろいろいるのだが、わたしと友人のOもときどき鴨川に行った。単にぶらぶらしていた足でとか、呑み屋が開くまでのちょっとした待ち時間とかに。今はどうなのかもう全然わからないのだけれども、十数年前の当時はそこまでうるさくなかったから河川敷は喫煙OKで(いや、ひょっとしたらダメだったのを我々が知らなかっただけかもしれない)、わたしたちは火を貸し借りして一服も二服もし、実のある話など一切せず、川の浅いところをうろうろしている水鳥を眺めて、


「さっぶー」「さぶいわー」「ひとりぼっちやしー」「ヨメが欲しいー」「あっ、魚!」「いただきます!!」「あかん、逃げられた!」「しかしオレの思考は知性が足らんなあー」「もっとアカデミックなとこいこかー」「永遠回帰!」「アウフヘーベン」「ドッペルゲンガー?」「……ツベルクリン反応」


 などとそれぞれ知能指数が金魚並み、二人合わせてもハムスター以下のアテレコを延延したりしていた。どんだけヒマだったんだろう。そういえば四条のドトール(柳馬場のほう)に、何を話すでもなくコーヒー一杯で五時間居たこともあったなあ。五時間て。尻、褥瘡なるわ。とにかくわたしたちはいつもお金がなかったのである。五千円も持ってたらもう天下取ったみたいな気分になっていた。まあわたしに関して言うと、その金銭感覚は今も継続中なんだけど。



 付き合っていたひと(=今の夫)とあそこに座ったのはいっぺんだけだったと思う。むこうが新卒入社早々に横浜配属になって、京都駅から最終の新幹線に乗ってあっちに行く、という当日に。


「もうすぐ彼氏が関東行くんですよ」


 と話をすると、行きつけの呑み屋のマスターも、わたしの職場の男性スタッフ全員も、いっしょについて行け! とわたしに言った。


 当然口約束だが、大学を出る前からすでに、ゆくゆくは結婚しようやということになっていた。お互い仕事も決まっていない分際で、今考えたらどうかしてるとも言えるのだが、わたしから見ればこの人は絶対に約束を守るだろう、という確信があったのだ。 


 ところがみんながわたしに言った。「持ってかれるぞ!」


 でもそんなこと言われたって、ウチの親は「彼氏について行く」なんて理由で娘が家を出ることを決して許さない手の人たちだし、ちょうど閣下の徘徊がひどくなってきていてそれも放っておけなかったし、大体その頃は自分が西は須磨、東は逢坂の関より向こうの土地で暮らすことなど一度も考えたことはなかった。


 その時はその時ですよ、まあ大丈夫やと思いますけど、とみんなの忠告にもわたしは余裕をかましてへらへら応えていたが、その日二人で鴨川に来たとき初めて、


「もしも帰ってけーへんかったら?」


 という考えが頭に浮かんだ。空は薄曇りで、やたらに暖かく、川は穏やかに流れていた。向こう岸にもいつも通り、数組のカップルが概ね等間隔で座っていた。珍しくケータイで記念写真を撮った。後日紙に焼くと、画素がしょぼいのでめちゃくちゃ粗い仕上がりになったけど、自分の目が笑ってないのがよくわかった。



 こないだ引っ越しの際に写真の箱を整理していて、久し振りにそれを見た。


 捨てたと思っていたのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る