太りたくない のに

 寒くなってきた。いよいよ朝晩の気温がひと桁台になり、ストーブが登場した。こうなると、心配なのは光熱費のことばかりである。冬の暖房代は天井知らずとも言える。金はないが寒いのはいやだし、ストーブは点けたい。銀閣を建てたときの足利義政もこんな気持ち(金はないが地味なのはいやだし、銀箔は貼りたい、みたいな)だったのかしら(絶対違う)。

 寒いと、夜も起きているのが嫌で、子どもと一緒に早々に寝る。けれどもそうしたらわたしの自由時間はすべて睡眠、ということになり、本も読めなくなるし、ラグビーの録画も見られないしで痛し痒し、わたしは秋冬は駄目なのだった。

 ああ、いつかマウイ島に移住して年じゅう半袖で暮らしたい。


 そんなことをぼやいていたわたしに、長野に住む多田が、りんごと、網袋いっぱいのくるみを送ってきてくれた。そう、大学時代わたしと一緒に酒の席で近世文学のO教授を呼び捨てにして、後日共どもに詫びを入れに行った多田である。

 りんごの銘柄はシナノスイートとシナノゴールドで、さすが信州、盤石のおいしさであった。そしてさらにびっくりしたのはくるみである。殻つきのくるみなんか、初めて見る。『マーズ・アタック!』の宇宙人の頭を連想する。そういう、殻の溝というのか、柄というのか、あのシワ感。

 早速お礼かたがた電話して、食べ方を尋ねた。ウチ、くるみ割り人形とか無いわ! 

 多田曰く、コンクリートの上で金槌で割ればいいよ、とのことだった。へー、ほな外で作業やな。そうそう、一、二か月、風通りのいいところで干して、割って食べて。

 ところがその十分後、偶々用があってうちに立ち寄った伯父が、

「おっ、くるみか」

と言うや、どうやって割ってんやろあの人、一言の断りもなく素手で三つ開けて食った。極真空手三段。味噌汁を掻きまわしていたわたしは「ジジイなにしよんねん!」と一瞬で怒りの頂点に達したが、伯父は三つ目の半分を「食うか?」とわたしに呉れたので、「オッさん、あんまり調子に乗るなよ」というところまでクールダウンし、それを食べてみたら美味いのなんの。わたしは残りを網袋ごと即刻回収し、ベランダに持って行って物干しに吊るした。で、翌日の朝までに何個かアイスピックで割ってにやにやしながら食べた。木にあるときには枝に付いている部分なのだろうか、殻の、尖っていない方の小さな凹みにピックの先を差し込んでテコにすれば、うまくすると真ん中の線に沿ってパカッときれいに二つに割れる。もしちょっと穴があいただけ、ということになっても、その穴をぐりぐりすれば、なんとか開けられる。うまー。

 そんで、次の日ちょうど遊ぶ約束をしていた後輩のSちゃんのうちに持って行って、干せって言われたけどまあ食べようや、と、Sちゃんのお姑さんが偶然持っていたくるみ割り用のペンチみたいな器具を借りて食べた。Sちゃんも、こんなん初めて食べるー、袋入りのよりもずっと美味ですねー、と喜んでくれて、わたしもうれしかった。くるみ割り器の便利さには感動した。

 今日も十時頃に食べた。おやつ。アイスピックで殻を割るのは難しいが、まあ、室内で出来るし、前述の通り割って割れないことはない。ただ、本当に難しいと言えるのは、「一、二か月干せ」と言われているのにそれまで我慢できそうにないという一点である。


 子どもの頃は偏食家で好きな食べ物よりも嫌いな食べ物の方が圧倒的に多く、豆・ナッツ類も迷いなく後者として挙げていたわたしだったが、今では大の好物になっている。贔屓の豆菓子屋さんからカシューナッツやら何やらを大量に取り寄せているくらいだ。しかし読者諸兄はナッツのカロリーをご存知か。リスやクマが、冬眠前にしこたま食べるエネルギー源。夜中ウィスキーと一緒につまんでいれば、ひと月もしないうちに容赦なく太り出すという暴力的おつまみ。

 六つか七つ夢中になって食べたところで、いかん、このままでは数日のうちにモノは尽き果て、自分は確実に巨大化してしまう。我に返ったわたしは、現場を離れることにした。くるみから距離をおく。それに今は日が射していて、家の中より外の方が暖かい。くるみを捨てよ、外へ出よう。

 ところがその後わたしが外に出て何をしたかというと、高枝切り鋏を振りまわし、大家さんから自由にしていいと言われている柿を取ったのだった。読者諸兄は、柿に含まれる果糖の多さと吸収のされやすさをご存知か。

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