英国生まれの素朴なお菓子
大学生の頃、仲良くしてもらっていた美人の院生のK子さんに、自分がいかにモテないかを滔々と語り倒したことがある。K子さんは笑いながら一通り聞いてくれたあと、二重瞼のぱっちりした目でわたしを見つめこう言った。
「女子と生まれて自分にその気があるのなら、どんな女子でもモテようと思ってモテないはずがありません。いいですか、遠藤さんは、自分の市場を分かってないか、あるいは間違えているだけです。自分がお皿なら、お皿売り場に行きなさい。布巾売り場に座っていても、お客は来ませんよ」
わたしは夫とのつきあいが大変長く、夫以外の男子とどやこやなる、というような可能性を孕んだ期間自体が圧倒的に短かったのだが、そのことを勘定に入れてもそれはそれはモテなかった。オマエが好きな男のタイプを挙げてみよ、と言われたら、それは三大好物を問われて「焼肉、喧嘩、女」と破顔して即答するようなゴリマッチョの大男であり、総合すると在りし日の清原のような人物像が浮かび上がって来る。ところが当然というか何というか、世のキヨハラたちが好むのはとにかくゴージャス、美容院で栗色に染めた髪をきちんと巻いて、ゴキブリが出ればきゃあと甲高い悲鳴を上げる女性であって、間違っても半分男、同い年の女子の大多数が茶髪にしていた往時にも主に「面倒臭い」という理由から黒髪で通し、ゴキブリが出れば無言で手近の古新聞(朝刊)を丸めるような女即ちわたしではないのだった。能町みね子女史の『くすぶれ! モテない系』を読んでいると、全部わたしの話じゃねーか、と思う。「ブスではないけどかわいくない/君らがそうさサブカル女子」というキュウソネコカミの曲も最近知って、爆笑しながらもだよねー、と深く大きく傷ついた。まあわたしは今も昔も「サブカル女子」を標榜できるほどサブカルチャーに通じているわけではなかったので、軽くおこがましい気もするが。
わたしにロックオンしてきた数少ない男子は75%以上が文化系、(これ高飛車な物言いでも何サマなつもりでも全くなくて、単に)彼らはわたしの好みに合わず、周囲の友人には日ごろから「わたしのことを気に入るような男は気に入らない」とまるでシゲタカヨコと同じことを言って過ごしていたわけなのだけれども、中でも思い出深いのが矢野君である。矢野君は小柄で物知りで単館上映でかかるような映画が好きで、つまりこちらのリビドーを一切刺激しない男の子だった。飲み会の帰りに矢野君が駅まで送ってくれると言うので自転車の後ろに乗っけてもらったことがあったけど、矢野君は下手くそな青春映画のような絵ヅラになれかしと思ったのか、はじめ走っていた堤防沿いの一般舗装道から途中で川べりの遊歩道に降りようとして、結果わたしのことを振り落とした。ごめんごめんごめんごめんと謝りに謝る矢野君に対して、地べたのわたしは腹が立つでもなく、逆にこれは自分自身に対する「所詮オマエはこんなもんや。一生忘れんな」という天啓なのだと思った。
ただ、一度何人かの友達と一緒に矢野君の下宿に遊びに行ったとき、矢野君がスコーンを作ってくれたことがあって、矢野君はみんなとしゃべりながらちゃちゃっと粉を捏ね畳み、あっという間に、何の変哲もないオーブントースターで焼き上げて振る舞ってくれたのだけど、あれだけは教えてもらっておくべきだったといまだに思う。お洒落なカフェとかブーランジェリーとかでスコーンを見るたび、惜しいことしたなー、と眉間に皺が寄るのだった。
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