原付、アイラブ
この八年間、ずっと、妊娠しているか出産しているか乳飲み子を抱えているかで、全く原付に乗ることができず、自賠責保険も切れたまま実家に放置していた。わたしの原付は98年製のホンダリトルカブ、軽めの年代物といえよう。
動くかどうかも怪しかったが手放すのはどうしても嫌で、一昨年の実家の屋移りに際して、ようやく婚家に運んできた。さてどうしようかと思っていたら、夫の友人がそれを見て、是非自分にいじらせて欲しいと申し出てくれたので、渡りに舟でお願いすると、この春の終わりごろ、昔と同じにぷりぷりとエンジンを鳴らしてわたしの元に戻ってきた。死んだと思って諦めていた子がふらりと帰ってきたようであった。
感謝感激雨あられ、以来一人で行動できるときにはどこへ行くのも原付に乗って。郵便物を出しに行くにも(我が家から最寄りのポストまでの距離は1.2km)、車ならポストのなるべくそばの、邪魔にならぬしかるべき場所にハザードをつけて停まり、而して後ポストまで歩く、という段階を踏まねばならなかったが、今ではポストの真ん前にびっちりつけて即投函、即退散というプレーが可能になった。キックでエンジンをかけたその瞬間、毎回、よっしゃー! でっぱつー! という気持ちが湧き上がってくるのを禁じ得ない。本当に、毎回である。この毎日が処女走行のようなワクワク感は、八年というブランクなかりせば得られなかった気分であろう。失われた時間があればこそ、そこに有難味も生まれるのだ。もはやわたしは原付を「履きたい」とすら思っている。原付と一体化。新しいケンタウルス、あるいはいつもUFOにケツを突っ込んでいたバードマンのようなものとして生きていきたい。家に上がれないということだけが難点だが。
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