探す
年中探し物をしている。わたしは不注意界の王者、うかつ・過失・失策の達人なので、しょっちゅう物を失くし、その度に家捜しと相成る。今まで、いろんなものを失くしてきた。字義どおり、嫌になるほど、だ。アクセサリーから車検証まで、モノの大小、事の軽重にかかわらず、とにかく失くす。
その度に自信も失い、信用も失い、車検証の時は再発行手数料で現金一万二千円も失い、叱られ(大人になったのに)、呆れ果てられ(大人になっただけに)、そらぁわたしだってしたくてしてることではない、ちゃっちゃと出来たらボサっとするかい、と例の寛平師匠の名言を心の中で叫ぶのだが、この世の中は失くしたモン負け、叱ったモン勝ちなのである。
そのような来し方の結果、失くし物をする人間=ウンコ馬鹿もはや生きる価値なし、というメジャーだけは深く頭に刻みつけられた。ただし刻みつけられたからってそれが治るわけではない。馬鹿につける薬はないと言うだろう。しかしとりあえず、なるべくなら馬鹿だと思われたくないわたしは、探し物があっても余人にそうとは悟られないよう全力を傾けて、平静を装い、何食わぬ顔で部屋から部屋を歩き回り、そっと棚を開け、おもむろに引き出しを引く。ない。どこにもない。しかし、悲嘆もまた不審を招く。絶望の咆哮をぐっと飲み込み、「探し物は結局、最初に探したところで見つかる」とかなんとかいう、昔々、中学生の頃に『マーフィーの法則』で読んだ一節を思い起こしながら、忍び足で順路をさかのぼって探索を続行する。モノはまだ見つからないがしかし、わたしのカメレオンぶりは事実大したものだ。よもや現在この瞬間、わたしが家宅捜索の特務にあたっているとは誰も思うまいよ。ふふふふふ。などと内心ほくそ笑んでいられるのはほんの数分で、家人はあっという間にわたしの動きに異常の香りを嗅ぎつけ逆に職務質問。「何探してるん?」
むはほーーん、と、デカい呼吸音というか、限りなく溜息に近い曖昧な返事をわたしはし、いや、別に。とあさっての方を見遣る。するとあさっての方角には、まだ開けていない天袋が。あっ。あそこまだ調べてへん! 見たい! 確認したい!けど今はアカン! 時を置いて、必ずや、と胸に誓い、どうです、お茶でも一服。ウッヂューライクアカポーブティー? なんつって、とりあえず一旦家人を伴って、いそいそ現場を離れる。そして茶菓をすすめてしばしのご歓談、あることないこと、隣のうちに垣根が出来たってねえ、へー、カッコイー、みたいなことをぺらぺらぺらぺらしゃべりつつも、考えていることは先の天袋のことばかりである。あそこに。あそこにあるような気がする。あそこ以外はすでに家じゅうを三往復、探したのだ。あそこになくてどこにあるのか。絶対にあそこにちがいない。
こうして脳味噌は未知の可能性にたいする期待で膨張に膨張を重ね破裂寸前、湯のみが空になり家人が席を立って姿を消した途端、矢も盾もたまらずに天袋のところへ駆けつける。足つぎが欲しい。その辺の椅子を持って来て、いざ、と小さな襖を開ける。オープン!
ところが中から出てきたのは使用済みと未使用のが混在した布団圧縮袋とかめ虫の死骸、素麵の空き箱だ。そして振り返ると、部屋の戸口には二杯目のお茶(ペットボトル)と新しい別のお菓子(シューアイスとか)を両の手に立っているうちの人。「探し物やろ」
いいや。この素麵の箱を捨てようと思ってね。
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