古本あさり
前に申し上げた通り、わたしは自力で旅行には行かない。そういう活動には向いていない。行くと温泉があったり美味いものがあったりするので嫌いとは言い切れないが、好きなわけでもない。どこか行きたいところがあるかと聞かれて古本屋と答え、そういう意味じゃないと呆れられたことも申し上げた。そう、古本屋。わたしの行きたい所は実家、友達のうち、横尾忠則美術館、そして古本屋。まあ、これだけである。「だけ」と言いながら四か所もあって(厳密に言うと友達の数だけうちもあるので、もっと多い)自分でもびっくりしたが、世間の人はどうなのだろうか。
古本屋に行くことを、わたしは「釣り」と呼んでいる。釣りだから、もちろん坊主の日もある。本の漁場にも良し悪しが確実にある。一番行くのは磯釣り(デカいブックオフ)で、沖(特別開催の大規模古本市など)には出ない。沖はいろいろとしんどい。船酔いとか。沖には出ないが、湖や池(地方チェーンや個人経営の中・小規模古書店)にもまめに行くし、沼、用水路、防火水槽、ワジ(ゲームやビデオの類メインの店の片隅に設置された投げ売りコーナーや、古道具といっしょくたになった段ボール箱、散発的に出没する露店、学校や自治会のバザーなど)も見かければ必ず立ち寄る。時間の許す限り、どこでも釣竿を振りまわして。
そしてたいがい、百均コーナーの本を漁る。ものにもよるが、三百円以上になるともう手を出さない。
古本は、作家の首を絞めるという。古本屋ばかりが儲かって、新しい本が売れない作家には収入にならないので、駄目なのだと。まあ、そうだろう。しかし生涯金欠のわたしには、古本、とてもありがたい。作家になるような人たちも、古本屋には世話になって来たんじゃないかと思う。みんな大量の本を読んでいるはずだ。それを全部、新品で買っただろか。本はサラピンしか買わない、とか言える万元戸な人たちはおいといて。
わたしがサラの本を買うのはよっぽどの場合で、もうどうしてもこれは古本屋には出ないだろうというものか、この作家さんを買い支えなくては、というファン心理に燃えている(あるいは贔屓の役者におひねりを投げる感じ)かのどちらかである。
一番当たりのいい漁場は郊外型のブックオフである。釣れるものがよいということは、持ち込まれるものがよい、ということである。ひいてはそれは、店に本を放出しに来る、おそらくは近隣の、住人あるいは勤め人の趣味を表す。あ、こんなんある! と騒ぎたくなる本が、ちょいちょいある。ほんとうに要らないのか?! と思う。また、最近自粛しているが、これはすごい、素晴らしい著作である、とわたしが愛している本が叩き売られていたりすると、もう持っているにもかかわらず、「きみはこんな所に居るべきじゃない、一緒に帰ろう!」とか言って、買って帰ってしまうこともしばしばあった。そういう本は、しかるべき友人縁者に進呈する。もっとあけすけに言うと、勝手に嫁ぎ先を決めて該当者の迷惑を顧みずぶち込む、ということである。だが「本は、与えることはできても、読ませることはできない」という箴言がある。すみませんね。だから自粛してるのね。
そんで、袋一杯夢いっぱいで帰ってきたら、気休めに除菌シートでかるく表紙を拭きつつ、値札はがしをやる。至福の瞬間である。二束三文で買っておきながら、見た目だけはフツーの本屋で買ってきたのと同じにしてやろうといういじましさがここに。値札シールはドライヤーで温めるときれいにはがれる、と昔靴屋の兄ちゃんから教えてもらったのだが、なんか、してもしなくてもあまり違わない気もして、そこは気分次第。きれいにはがれるのははがれるし、駄目なヤツはいくら慎重にめくっていっても駄目だ。これは駄目だ、というのはすぐわかるので、めくった端っこをただちに元に戻し、作業を中止しなくてはならない。そういうときはどう頑張っても最後悲惨なことになるに決まっているので深追いしてはいけない、もう、正々堂々と古本屋のロゴ入り値札(しかも百円)をさらして、わたしはこれを古本屋で買いましたとも、ええ、と開き直るしかない。
けれど、やっぱり何とかなるんじゃないか、なんて欲というか未練が勝ってわたしはよく最後までめくる。そして掻き傷やら粘着面のカスやらががびっがびに残った最悪の状態を招く。そのまま本棚に片付けたのでは、お隣さんにも糊汚れが伝染してしまい、しかもお隣さんは随時流動するため、被害は広がる一方である。
では、そういうときどうするのか。わたしはそこにマスキングテープを貼り付けてカスタマイズ。なるべく表紙に調和する色柄のテープを選ぶが、今のところ万能(だと勝手に思っている)なのは、ブロンズ地に金の水玉模様。なんとなく、景観の邪魔をしない感じなのだ。書き込みや破れのある本を、古書界では「事故本」と呼ぶらしいが、わたしのこれも十分事故本に当たると思う。事故認定。わたしは書き込みとかは絶対にしないけども、いっぱいあるよマステ貼りの本。万一わたしが、いつかリサイクル方面に蔵書を放出することになって、みなさんがどこかで裏表紙のバーコード部分辺りにステキなテープの貼られた本を見つけたら、アイツのかも、と思って頂戴。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます