アマチュー
近頃毎日甘酒を飲んでいる。甘酒。昔のままのわたしだったらば、決して手を出さなかったであろう飲み物。
二月のクソさぶかった時期に、酒粕に関する本を読んでいた。曰く、酒粕は栄養豊富で、便通もよくなり従って美容にもよい、毎日少しづつでも積極的に取るとよい、とのことだった。美容によい、というのはなかなかの殺し文句である。化粧に凝るのは面倒臭いが内側からの肉体改造にはそこそこ興味があり、色が白くなる、などと言われた日には蝉の抜け殻でも障子紙でも食いかねないわたしだ。早速粕汁を作って食べた。うまかった。
ところが毎日粕汁ばかり作っていられるものでもない。普通のみそ汁を所望する輩、輩と言ってわたしの大事な家族であるが、まあ、その他の皆さんがいるわけである。ことに子どもは粕汁を好まない。わたしだって粕汁美味い、などと思うようになったのは十七を過ぎてからだ。
だいたい、便通がよくなり美容によい、などと言うが、便通の方なら何をしなくても年中絶好調である。これ以上何を出そうというのか。何か出てきたら逆に問題なんじゃないのか。本体が融解してるとか。
冷静になったわたしはとりあえず一旦酒粕のことを忘れてみた。何事も執着はよくない。執着は美容に悪かろう。
が、それからしばらくしたある日、新鮮な酒粕が売られている酒屋さんを偶然発見してしまった。新潟の蔵元直送、白いバラ粕である。なんて素敵なの。わたしは思わず有り金はたいて購入した。2kgも。
それからである。毎日甘酒をこさえるようになったのは。わたしは甘酒というのは冷ご飯を麹で発酵させて作るものだと思っていたが、酒粕を水で溶いて砂糖を加え、鍋で煮立てたのも甘酒なのである、という事実をこれで初めて知った。袋の後ろに、作り方が書いてあったのだ。ただし、こちらはアルコールを含んでいるので、運転する人や妊婦さん、子どもは気をつけるように、と。
甘酒かー。最初はそう思った。だが、すべては美しくなるためである。毎日湯呑に一杯、飲んでみよう。栄養豊富な酒粕だから、過剰摂取は即増量につながるということだけ、常に気をつけておかねばなるまい。
それでわたしは毎日甘酒を飲むようになった。米と麹の甘酒とは匂いからして全然違うというのがよかった、なにせ酒粕である。あら、うまいやん。どぶろくの末の弟みたいな、どぶひちかどぶはちぐらいの雰囲気やん。
ただ、それを初めて飲んだのが午後二時という、生きとし生けるものが眠気と戦う時間帯で、しかもいつ負けてもいいという捨て鉢というか福音というか、「休日の」といった特殊な条件が付いている状況だったため、わたしは甘酒を飲んだ途端畳に毛布巻きで寝っ転がり、一時間後息子のトラックで後頭部を蹂躙されるまで熟睡したのだった。
以来、「甘酒=眠くなる」というかなり強い暗示にかかっており、これを飲むとわたしは寝てしまう。二三日前も、風邪をこじらせて咳と鼻づまりがひどくなり、あかん、寝られへん、といらいらしていたのだが、思いついて甘酒を作って飲んだところ一発で就寝出来た。すごい効き目だ。あと、甘酒にウィスキーを入れると美味い、ということを発見した。
ただ、しなければならないことがあるときでも飲んだら寝てしまう、という恐ろしい陥穽があり、まことに光有れば陰あり、なんかもう、何時に飲むのが一番いいのか未だによくわからない。とりあえず今は晩御飯の少し前に飲んで無理やり起きていざるを得ないようにしているが、そうすると缶ビールをフルスイングで楽しめないような気がしている。でも、なんでか甘酒、飲んでしまうのだ。こういうのを中毒と呼ぶのだろうか。アマチュー。ポケモンの弱いヤツみたいだ。もはや本来の目的も忘れつつあり、美しくなったかどうかは一切不明。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます