毎日が高地トレ
わたしの育ったのは山を開いて作られた住宅地で、多少のアップダウンはあれど、自転車生活もぎりぎり可能な環境だった。今のように電動自転車が普及する前のこととて、大人も子どもも素のママチャリ子どもチャリに乗り、オール人力でがんがんペダルをこいで移動するのがふつうだった。Aちゃんちに行くのは往路の上りがしんどいが、帰りはその分楽チンだ、とか、Bちゃんちまではちょっと遠いけど道はずっと平坦だからそんなに大変じゃないな、とか、友達の家に遊びに行くにしても、子どもなりにいろいろな目算があった。
そうした町で大きくなって、自分にはどうやら並み以上の脚力、じゃないのか、何て言うのだろう、自転車力がついているらしい、と気付いたのは、市外の高校に通うようになってからである。わたしはラグビー部のマネージャーをしていた。前かごに荷物を載せてママチャリに乗り、二キロばかり離れたグラウンドまで行くのだけれども、グラウンドの手前に一か所だけ坂道があった。勾配が何%かとかはよくわからないのだけど、ほんの二、三十メートルの長さで、高地民族のわたしに言わせれば、まったく大した坂ではなかった。当然通常運転、立ちこぎなど不要、わたしは常のようにペダルを踏み、坂を上っていた。そうすると、なんか速いんである。自分だけ。一緒に走っていた先輩マネージャーさんを置き去り、立ちこぎの部員を追い抜き、気付けばひとりぼっち。
一年上の先輩は、ウチと同じような新興住宅街の出身だったけれども、そこはウチなんかよりももっと高い場所にある、「ふつう女の子は自転車に乗らない」(先輩談)という坂だらけの土地だった。だから先輩は、高校生になって、ラグビー部のマネージャーになって、グラウンドへ行くためだけに、初めて本格的に自転車に乗る練習をしたのだった。わたしが入部した時点で先輩はすでに一年間、自転車に乗っていたわけなのだが、先輩の運転は見るからにぎこちなく、自転車に乗っている最中は話しかけても返事をしてくれなかった。そんな余裕は、先輩にはなかったのだ。筋トレ目的で、自転車を使わずランニングで学校とグラウンドとを往復する部員もけっこういたが、彼らに混じるか、ややもすれば彼らよりも後ろの位置を先輩は走った。隘路で対向車が来ると、先輩は必ず自転車から降りた。そんな先輩は、とてもモテた。
わたしがどうだったかは、言わずもがなであろう。
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