阿呆とバカではどちらがたわけものか(シーズン1~3)

灘乙子

ひとはわりと信じる


 中途半端に大胆な嘘は、かえって信じられやすいものだという気がする。


 「淡路島はウチの地所」とか、「自宅は大阪城」とかいう上沼的な、調べなくてもその場で嘘と分かってしまう大きすぎるヤツは駄目で、あくまでも「中途半端に」というところが肝要だ。


 ニセ貴族・ニセ皇族詐欺と呼べばいいのか、そういうジャンルの詐欺がある。わたしの乏しい記憶に残っているのは、ニセ有栖川宮と、フランス貴族の末裔を騙る日本人のオバハンによる二つの事件だ。


 有栖川宮というのは過去に実在した宮家なんだけれども、自分はそこの当主で、今度結婚式をするからと方々に招待状を送り、祝儀を騙し取ったというのがニセ有栖川宮の事件である。多分わたしが大学生だった頃のことだから十数年前の事件だ。


 フランス貴族の方は、五十過ぎたふつうのモンゴロイドのオバハンが、自分はフランス貴族の末裔で、込み入った事情があって日本で暮らしているんだがちょっとお金を貸してほしい、フランスに財産があるから必ず返す、なんつって近所の人かなんかから百万単位のお金を詐取したという話だった。前記のニセ皇族事件と前後して起こったことだったと思う。


 ひとは言う。なんでそんなのに引っかかるのか。


 いい大人が、どうしてその嘘に気付かないのか。


 その答えは、


「せやかて、そない言わはったんですもん」


 この一言に尽きるのではないだろうか。


 相手もいい大人である。ふつう、大人というのはしょうむないことを言わないものだと、まあ世間は思っている。上沼恵美子は立派な大人だが、あれはああいう商売である。


 その大人が自ら、自分は皇族・貴族だと「わざわざ」「カミングアウト」するわけだ。


 え、まじで?! となるだろう。なる。なるわな。しかし、なるけれども、それ以上のことを、あなたはそのとき調べようとするだろうか? 本人がそうだと言っているのに?


 ニセ有栖川宮の方はまだ短時間でバレる可能性がある。わたしのように調べ物が大好物な、去年の書斎大掃除・大ナタ大処分祭りの際にも百科事典だけは捨ててくれるなと五体投地して訴えたような人間なら、即座に有栖川宮家について検索するであろう。そしてすぐに、創設から三百年余りで絶え、その祭祀は高松宮が継いだ、というところまで簡単に知るだろう。そういう意味では有栖川宮を騙るのは「大きすぎる」とも言える。辞書に載ってるからね。


 だが、問題はフランス貴族の方で、これは調べが難しい。こちとら東洋の島国、欧州貴族のことなんて余程でないとわかりやしない。顔面で分かるだろう、とお思いか。いやいやどっこい、こういう場合こそ「本人がそうだと言っている」ということが重要なのである。全然そんな風に見えないにも拘らずそうだと言い張るのは、それが唯一の真実だからに違いない、とひとは思ってしまうのだ。まさかそんな無茶なウソ言わへんやろ=きっとほんまに違いない、というこの等式!


 わたしがかくも力説するのには訳があって、他でもないわたくし灘乙子が、高校時代、自分の母親はスペイン人である、という作り話を無目的に周囲に信じさせていたからで、わたしは、「ひとってなんて騙されやすい生き物なのかしら」と驚愕したものである。おまけにわたしは自分の名前まで偽っており(わたしの旧姓は遠藤といって、わたしは長い間「遠藤イブ」と名乗っていた。ENDIVE=エンダイブ、すなわちキクヂシャ、アメリカではチコリーのことである)、それがあだ名というか、本名を知る人々の間でも通称として使用されていたため、少なくとも二名の友人が高校三年間、この両方の事象をずっと真実であると信じていた。


 そんなこともあって、わたしはこの手のなりすまし詐欺事件について、非常に興味を持つものである。「なぜ騙される?!」とひとは言うが、いや皆さん、「そう言われてんもん!」ということなのだ。オレオレ詐欺もなくならない。「だって息子やて言うてんもん」


 ひとはわりと信じる。わりと何でも信じる。

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