絵の具でいうと黒
ブラジルには「全て最後はピザになる」という言葉があるのだそうだ。このあいだ新聞のコラムで知ったばかりである。どんな具もピザになって腹におさまれば同じ、つまり結果オーライ、という意味らしい。ピザな。よくわかる諷喩だ。単にイディオムとしてだけでなく、実際、食べ物としてのピザのあり方がよく伝わってくる文言だと思う。
ピザ。わたくしはこれを「強い料理」、というジャンルに分類したい。同じく強い料理に挙げられるのは、カレー、そしてお好み焼きだろう。共通するその強みの根源は、使われる調味料があらかじめ備えている暴力性と、とにかくグチャグチャという料理自体の形状だ。
ピザを見てみよう。丸い生地の上にまずトマトソースが広げられ、様々な具が載せられ、最後にチーズでフタをする。土台となる生地が一見「閾」としてあるために欺かれそうになるが、窯から取り出された熱々のピッツァは間違いなくチーズがとろけ、もろもろの具、ソースが渾然一体となって、つまるところグチャグチャと言ってよい。チーズの塩気と臭みがトマトソースとタッグを組めば、最後は「全てピザになる」。最終的にはチーズとトマトソースであらかたの「素材の味」は塗りつぶされてしまうし、見た目としても黄色のチーズが全てを覆っているために具が何であれ出来上がりは「大体いっしょ」なのだ。十メートル離れた地点からでも茄子の揚げ煮とじゃが芋の揚げ煮とを区別できない者はないであろうが、茄子のピザとじゃが芋のピザの場合はどうか。
トマトというのも恐ろしい野菜だと思う。あの独特の香りと酸味でとにかく主張してくる。ピザに使われるトマトソースよりもさらに暴力的なのが言わずもがなのケチャップで、どのような食材でも自らの味にしてしまうのだから怖い。ほんの微量でも、その声の大きさといったらない。「わたしー!わたしはケチャップー!」と常に絶叫している。
同じく調味料界のヘビー級チャンピオンがいわゆるソースであることは論を俟たない。ソースやケチャップの自己主張ぶりに比べれば悲しいかな醤油の旨味なんぞは泡風呂の中の屁みたいなものだ。そしてソースは強い料理御三家の一、お好み焼きの立役者である。まさに西のピッツァ、東のお好み焼きと言えよう。ソースにもいろいろある。ウスター。とんかつ。お好み。ドロ。わたしが自分で作って食べる場合、お好み焼きにはウスターソースととんかつソースを適宜混ぜあわせて中濃とするが読者各位はいかがか。お好みソースはどれも甘口で好かない。ともかく、刻んだ具材の上から小麦粉を卵と水でグチャグチャに練って焼いて、ソースを塗りたくれば誰がどう見てもお好み焼きである。お好み焼きの場合も出来上がりの姿は一応固形なのだが、一目見ただけでは中身が何なのかさっぱり分からない。混沌、なのである。しかも上からソース。あまつさえマヨネーズ。とどめに鰹節と青のり。豚玉もイカ玉もミックスモダンも、すぐには判然としないのがお好み焼きだ。そして味は、結局のところソース。ソース頼み。中に何が入っていても、粉を溶くのに水ではなく出汁を使っても、食後はとりあえずソース食った感で一杯である。世間一般にはお好み焼きはキャベツで作るものであるが、白菜で作ろうが大根の葉で作ろうが出来栄えは同じで、最後はソースの味なのだ。もっと言うとタンポポの葉やヒメジョオン、ハルジオン、ツユクサを摘んできて作ったって、仕上がりは「大体いっしょ」。本当である。なんならウチに食べに来たまえ。野草のお好み焼き。
さあおしまいはカレーである。カレー。インドで食べられている種々複雑なタイプのものではなく、わたしが言うのはニッポンのカレールウで作るドロドロのアレのことだ。わたしはカレーこそ最強だと思っている。「大体いっしょ」の王様だ。もう、何をどうしてもカレー。大根を入れても鯖を入れてもスモモを入れても最後は茶色のドロドロが全てを飲み込んでカレー。辛さの強弱があってもつまり茶色のカレー。シャバシャバからゴテゴテまで、液体の粘度の差こそあれそれは茶色のカレー。煮込みが過ぎると全ての具材がとけてなくなり、グチャグチャもここに極まれり。ピザ、お好み焼き、カレーで頂上決戦をしたとしても、勝つのは間違いなくカレーだ。たとえばカレーピザなるものを考えよう。ピザ生地の上にトマトソース、カレー、チーズ。それで何味よ? カレー味になるに決まってる。逆にピザカレー。カレーのドロドロに、ピザが具として飲み込まれている。何味よ? カレーやん! 同様にカレーお好み焼き。お好み焼きの上にカレーとソース。ソースで風味が濃くなっても着地点はやはりカレーの味だろう。よしんば生地作りの時点でカレーを混ぜ込んでも、カレーの味が勝つのではないか。お好み焼きカレーの末路はピザカレーを見れば分かる。全てのものをその味にしてしまうカレールウは、絵の具でいうと黒である。分かりやす過ぎる。ならば今後我々が注視すべきは二位決定戦のゆくえであろう。その場に両手をきちんとついて、参りましたと言うのはどっちだ。
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